カテゴリー「MTB2007」の12件の記事

2007年12月 9日 (日)

槙ケ根から大湫、細久手へ、~中山道~

2007年12月2日(日) 晴れ 岐阜県 39.5キロ 2.5万図 武並 御嵩 土岐

4 1996年11月に岩村から槙ケ根、恵那への東海自然歩道を歩いた。自然歩道はそこから中山道を御嵩へとむかっている。

Aa_003 それ以来続きを歩きたいと思いながら、実に11年がたった。

今回は、MTBでの中山道となった。同行は岩太郎さん、kumaさん。

武並駅へと入る、19号線の道路わきに広いところがあったのでここに駐車。Aa_006 19号を東にもどる。交通量が多いので右側の歩道を行く。

中央高速道路をくぐり、槙ケ根にでる。東海自然歩道の看板があった。ここから左にもどるように中山道に入っていく。

Aa_009 最初、この道に気がつかずまっすぐ進んでしまった。次の看板が西行塚を指していてこれは違うともどってやっと正しい方向に進む。

以後、時折地図で現在地を確かめる程度で自然歩道の看板を見て進む。

Aa_015 Aa_016 途中、中街道への分岐があった。内津峠を経て名古屋へと続く道らしい。これもいつかたどってみたい。

道はダートだが、林道くらいには広い。

Aa_019 首なし地蔵を左に見て、さらに進む。

Aa_025 最初の紅坂一里塚があった。

事前に中山道のガイドブックを読んだのだが、街道沿いには見所が多い。自転車で走っていると次から次へと現れてなかなか大変である。

Aa_036 Aa_037 なにかあるぞと思っても次第に止まらずに通過したところが増えてくる。

権現山一里塚への上りは、石畳があった。

Aa_042 Aa_043 このあたり、大湫までの間十三峠におまけが七つといわれるほど峠、坂が多かったのだという。

私は最初勘違いしていて十三峠という名の峠があるのかと思っていた。しかし峠が十三あるというのが正しい。

Aa_050 Aa_053 この権現坂などは上っているうちにどこかで樫ノ木坂に変わっていたようだ。

三十三観音の前はきれいに紅葉していた。

3 連絡道が中山道を横切っている中仙道ゴルフ場。静かな中で突如、人が叫ぶ声がして驚いた。ちょうどグリーンでだれかがパットをはずしたのか盛り上がっていた。

Aa_057 Aa_062 もうひとつ峠を越えて下っていくと大湫の宿場が見えてきた。

ここは走りながら、町並みを見る。

琵琶峠は上り、下りとも石畳。さすがに押していく。

Aa_071 Aa_072 下りも乗れない。kumaさんは果敢に乗っていったが。私はバランスをくずして左ハンドルの先はズボンにひっかかり、左足、前輪だけついたまま後輪は空中というシャチホコ状態でしばらく立っていた。ハンドルをズボンからはずしたら、駈け付けようといてくれた岩太郎さんが来る前に転倒した。

Aa_078 八瀬沢、奥ノ田を経て細久手の宿場に出る。

Aa_080 古い建物の大黒屋さんは今も営業しているとか。

向かいの公民館の駐車場で昼食休憩にした。

さて、今日はどこまで行けるのか。

2 1 予定では、土岐駅から中央線電車で武並駅まで戻るのだが。

この後、松野湖の北を進む。

Aa_089 Aa_088 最後のダート道の急坂をくだって舗装路に出た。

現在地を地図を見て確認しているといきなりプシューと岩太郎さんの自転車の前輪がペチャンコになった。はずしてみるとリム打ちのようで二箇所、穴が空いていた。

Aa_093 ここで中山道からはずれ、松野湖に出る。

下ると21号線。左に曲がりひとつ坂を上るとあとは土岐市に向かって下るだけだった。

※今回、輪行しようと目論んだのだが、ちょっと準備不足で人行(自転車は駅におき人だけ電車で行く)で車に戻り、自転車を回収した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

田口駅舎跡からさいの神峠、大野山

2007年11月24日(土) 愛知県設楽町 晴れ 39.5キロ 2.5万図 田口 見出

1 さいの神峠に行って来た。

今回は岩太郎さんと二人。

Aa_003今年六月に清崎から田口線跡を歩いた。田口駅舎周辺は広かった。

そこに車をおいて走りだす。

Aa_007豊川沿いを遡り、大名倉をすぎてから右に曲がる。

実は、もっと上まで行って直接さいの神峠に達するつもりだったのだが、ちょっと勘違いして先に曲がってしまった。峠まで行って下りだしたので気がついた。下に見えるのはどうも257号線のようだと・・・。

やはり、257号だった。そこで予定変更。戸上の池の横を通Aa_017  り、さいのかみ峠に行く道に変更する。

左に入る角に看板がある。ここからじきに池への入り口がある。

Aa_021行ってみた。おっ、かなり車が停まっている。

受付でちょっと見せてもらえるか聞いてみた。自転車をそこにおいてみてくださいと若い男性に許可を得て、池を見下ろす。

Aa_020かなり大きな池だ。

ここは人口の池なのだという。覗いていると、女性の方が出てきて話をする。

帰り際、呼び止められてみかんをひとつずついただいた。地元産だからと。ありがたくいただき峠にて食べることにしよう。

池をあとにして進む。

Aa_025 Aa_026 舗装された林道を上り、さいの神峠に着いた。左手からくる道に合流する地点。

ここは、舗装道路上の峠。

少しもどって名倉高原に越えていく点線道を探しに行った。

Aa_023 ここが入り口。

100メートルほどで峠に出た。Aa_030

しかし、ここまでも道もあまり歩かれていない様子で峠から左に尾根を進み向こう側に下るはずの点線道が探してみたが、はっきりしない。

Aa_035 ここはあきらめてまっすぐに下ってみると、地図上の実線の林道らしい道に出た。この林道は行き止まりのはずだが、確かめに進む。

やはり地図のとおり行き止まりだった。

Aa_038 もどって257号線まで戻り、名倉高原に入る。

高原に入ってじきに右に曲がり、大野山をめざす。

Aa_043 送電線鉄塔がある山頂が見えてきた。右に廻りこみながら山頂直下の看板のあるところに自転車をおき、歩いて山頂に。

Aa_049 Aa_051 Aa_052 山頂あたりは枯れ草が多い。今日はコンロでカップ麺を食べようと準備してきた。
山火事になっては大変なので、林道に」もどりそこで昼食にする。

Aa_055 Aa_061 昼食後、ダートの林道をさらに進み、広域農道に合流。最近、開通したはずで、広い立派な道。
右手、津具方面に進み今年8月にタコウズ川沿いを歩いて出た笹暮トンネルを抜ける。

2 3古町高山の南側を通り、津具に下っていく。

津具に入ってじきに右手に「信玄坑入り口」の看板があり、なんだろうと行ってみる。

山の中に急な山道を登ると、鉱山跡があった。
Aa_067 Aa_072 Aa_070看板に寄ると、金が掘られていたらしい。




津具の町からは設楽大橋へと長い、舗装路をダウンヒル。
なかなか楽しかった。





 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月16日 (金)

佐久間線跡、二俣~船明

2007年11月11日(晴れ)静岡県浜松市天竜区 55.4キロ 2.5万図 二俣

1 今年3月、船明から行者峠に行った。その時に見た佐久間線のトンネルで佐久間線の跡があることを知った。

地図を眺めていたら線路の盛り土らしき地図記号があるのに気がついた。

今日は、午後からだが探索に行った。

自宅からMTBで行く。一時間ほどかかって飛龍橋まで来た。

Aa_001 橋を渡って最初の信号をまっすぐ、温水プールの方へ進む。

左にカーブして下って行くと、いきなり右手奥の駐車場のやや上にトンネル入り口があった。

Aa_004

トンネルの真後ろは二俣駅方面。これは佐久間線の跡にちがいない。

次に地形図の盛り土がある玖延寺のほうへ、神社わきから細い道を抜けていった。

Aa_010 玖延寺の手前に道路をまたぐ形で線路橋が横切っている。くぐって右手には玖延寺に第二駐車場がある。Aa_012 駐車場の右手に土盛りがあり、その奥には先ほどのトンネルがここに抜けてきていた。

土盛りの逆、北側は玖延寺の境内に西のはずれを通って行くと、左手に登ってまたその先のトンネルがある。

Aa_013 Aa_015 下に自転車をおいて、様子を見に登ったのだが入り口の金網の扉があいている。

奥を覗くと出口が小さく見える。うーん、これは行けそうな気がするなあ。
Aa_020 でも反対側が出られなかったら?

また戻ればいいか!自転車を取りにもどってトンネルを進む。ライトをつけて乗っていく。
サイコンのメーターによると約600メートル。下の土は次第に荒れてくる。Aa_021 それでもなんとか乗ったまま出口に・・。

あれっ、これは?出られるのか。扉が閉まっている。
しかし、左側がなんとか出られそうに金網がまくられている。
先に自転車を押し出し、その後背中のザックも向こうへ転がしてなんとかAa_023 脱出。しかし、その先は泥んこ状態。タイヤが10センチくらいもぐってしまい乗れない。

歩いて約80メートルくらいを進む。

Aa_025 その先にまた土盛りがあった。右側の道路を進み、二俣川に出る。

ここには、川の中に橋脚が残っている。

やや右に堤防上を進み、山王橋で二俣川を渡る。

Aa_028 Aa_031 対岸の土盛りの横を進み、光明小学校の中から左に登ってみた。

その先はトンネルもなく山にぶつかって終わっている。

Aa_034_2

Aa_033

ここから中学校の裏を通って152号に出て、右折。

少し行ったところからまた右手に入ると、船明の春に行った行者峠の送電線方向に向かって土盛りが伸びている。

Aa_037 Aa_038 上に上ってみるとまっすぐにずっと続いているように見える。

しかし、その横を進むともう土盛りはいたるところでくずされてつながってはいない。

Aa_046 どうもこのへんは、なにか新しいものができるような感じでいたるところで土が掘り返されている。

そして、もう少し先に行くと春に行った船明の見覚えがあるトンネルがあった。ここで今回の予定はすんだ。帰りに天竜総合事務所に出る峠を探しAa_049 たのだが、これもそこいらが開発中で道がはっきりしなくてわからなかった。

最後に二俣駅に寄って、帰路に着く。

※なお、佐久間線のような営業に至るまでに途中で中止になったのは未成線というようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 8日 (木)

紅葉の・・・権兵衛峠

2007年11月4日(日) 晴れ 長野県 38.8キロ 2.5万図 宮ノ越 伊那

1 昨年10月、羽広まで来ながら工事中の看板を見てあっさり中止した権兵衛峠。その間に四国のやまさんにも先を越されてしまった。

今回はMTBでTAKAさん、岩太郎さんとでかけてきた。

Aa_003 飯田ICに9時15分前に入り、ETC半額に間に合った。

伊那ICを出て右に行くとほぼまっすぐ。みはらしファームの駐車場から、MTBで出発する。去年、通行止めの看板があったところに何もない。工事は終わったのか?最初はやや急だったが、そのうちゆるやかな上りに変わった。

Aa_005

このあたりから紅葉が次第にきれいになる。

経ケ岳自然植物園を過ぎて、さらに進む。

Aa_009

唐松も紅葉してきれいだ。


Aa_024 東の見晴らしがいいところにくると、南アルプスが見える。甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳、塩見岳が特徴的だ。

余地からの道を合わせて上っていく。

Aa_016 ずっとゆるやかな道も林道上の峠手前あたりは少し急になる。

左手に休憩所が設けてありここに権兵衛峠の石があった。

Aa_028 もう少しのぼったあたりが、1600mを越えて、林道最高点だった。


Aa_031 ここまで工事は行われていない。やはり終わったようだ。

下って左に尾根道をわける。山道に少し入ってみた。が、・・?。

この間にTAKAさんが写真を撮っていて少し間があいていた。なかなか来ないと思ったら通過してしまっていた。

急いで後をおってくだると、峠入り口にもいない。すこししたらもどってきAa_034 た。300mほど下ってしまったそうだ。林道から左に少し上ったところが旧道の峠だった。

峠には軽4トラックのおじさんが、占拠。湧き水を汲みにきていた。余地の人でトンネルを抜けて木曽側から上ってきたという。

Aa_036 そのうちにペットボトルに汲んだ水を持っていきなさいと、三人に一本ずつくれた。ありがたくいただく。

権兵衛峠は分水嶺。南は天竜川になり太平洋へ。北は信濃川になり、日本海へと別れていく。

Aa_033 次第になにか冷えてきた。

木曽側へと下る。

2Aa_041 少し旧道を下ったのだが、一度舗装路に出てさAa_040らに下ろうとすると旧道の入り口にテープが張ってある。これがどういう意味なのか?行けるような気はしたが何があるかわからないのでおとなしく舗装路を下る。

唐松が多い。下りはあっという間。

Aa_045

トンネルを抜けて帰る。

下り基調なので気持ちよく走る。

 

Aa_048 Aa_051 トンネルを抜けて左に曲がり、温泉へともどる。

途中、地図を見た時気になっていた高塔記号は火の見やぐらだった。

みはらしの湯に入って帰ってきた。


おもしろ地名 -3-

上戸 ・・・(あがっと)

上手島・・・(わでじま)

権兵衛峠で水を汲んでいた余地の方に、読み方を聞いた。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

瀬戸品野から定光寺

2007年10月14日(日) 曇り 27.5キロ 2.5万図 瀬戸 高蔵寺 多治見 猿投山

1 愛知県の東海自然歩道もほぼ歩いたのだが、今回は残り2ケ所のうち、瀬戸市品野から定光寺までをMTBでトレースしてきた。

今回の参加者はTAKAさん、岩太郎さん。

東海環状道路のせと品野ICはETC通勤割引が浜松西ICからちょうど100キロ以内半額の距離で、約1時間。ほどよいところだ。

前日の天気予報では午後から雨になっていたが、朝になると曇りに変わっていた。今日は降らないようだ。

Aa_001 インターを出て、右に3636号を行く。適当な駐車場を探して進む。東海環状をくぐったあたりに道路わきに広いところがあった。

準備中にロードの自転車乗りが何人か上っていった。

Aa_002

スタートしてすぐに自然歩道の入り口があった。いきなり階段でびっくりしたが、すぐに平らな道になった。

Aa_007

Aa_008_2

キノコの写真を撮っている人がいた。

気持ちのよい道は早い。あっという間に道路に出る。

Aa_009

このへんは熊が出るらしい。去年と今年の初めに見かけたいうちらしがはってあった。

Aa_011 休耕田に植えてあったコスモスが満開であった。

蛇ケ洞川に沿った道は248号線
を橋でまたいで越える。

Aa_015

Aa_014

忠実に自然歩道をたどり、中小企業大学校まで行くことにした。ゆるやかに上下を繰り返しながら進む。

305.7メートル三角点あたりまではかついだり、押したりの登り。

2

Aa_020 林道が横切っている峠を過ぎると、気持ちのいい山道が続く。

Aa_024

二つめの林道に出るとあとはもういくらもない。

Aa_031 中小企業大学校まで行くと舗装道路に出る。定光寺まで舗装路を行く。

池の横を通り、定光寺に上る。展望台があったのでそこで昼食にした。ちょうど12時ころ。意外に早かった。

Aa_035 帰りは248号線に出て、舗装路を車にもどる。

行きに通った橋が道路の上を横切っているのが見えた。

Aa_040




 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月25日 (火)

作手から千万町へ二度?

2007年9月22日 (土) 晴れ 愛知県 36キロ 2.5万図 高里 三河宮崎

1Aa_004 新城市作手の旧総合事務所を基点に、千万町まで山サイに行ってきた。メンバーはkumaさん、TAKAさん、岩太郎さん。

今シーズン初めての山サイ。昨日もまだ暑かった。今日は?。

Aa_006 意外に暑くはなかった。コースが日陰が多かったせいか。それと半分くらい川沿いのルートにしたからかな。

旧作手村役場、現総合事務所からスタートする。

Aa_007 最初の728.5メートル三角点山が見えている。

ダート林道ながら、最後まで乗車できた。山頂手前、左に分岐するハイキング道ともう少し上の右に分岐するハイキング道があった。

Aa_008 山頂には中部電力の中継塔が建っている。敷地はかなり広く、三角点を敷地の金網に沿って一周して探したのだが、見あたらなかった。

代わりにあったのが石仏。三箇所にあった。

Aa_013 ここから道がわかれば、巴山方面へ尾根づたいに行こうとしたのだが、最初ここだと思ってたどった道らしきところが、次第に下ってしまい、途中で引き返す。

右に分岐していたハイキング道をたどることにした。整備されたいい道で乗Aa_017 Aa_020 車できる。

これが、地図には載っていない山頂北側の峠を越えている林道にでた。

左に下り、301号線を横切Aa_027る。301号線のAa_028しばらく北側にほぼ平行するようにある切山にむかう点線道をたどろうとしたのだが・・。

峠少し手前まで林道になっていた。最後の上りは山道。ちょっと期待した。

峠からは沢すじを下っていくはずなのだが、道なりに行くと右に巻きながら上っている。道をはずさずに行くと、やがて稜線に出て、し4ばらく行くと右の谷に下りだした。

Aa_036 Aa_039 次第に道が荒れてきて最後に小さな沢を渡ると、たんぼの横の道に出た。地図上、Dの地点である。向こう側に301号線が見える。

右に農道を行き川を渡る。

2 ここから舗装路を走る。日本電装テストコースへの道を左に分け、気持ちよくくだっていく。

木下で左に曲がり、少し上り基調になる。川沿いの道で涼しい。千万町のかやぶき屋敷で昼食にする。

Aa_047 軒先の椅子に腰掛けて各自、おにぎりを食べる。

中にいた地元の人となにげなく話をしていたら、途中で曲がってきた地点は木下(きくだし)というそうだ。

3 この後、かやぶき屋敷西側の道を北に上っていく。電装テストコース東側の点線道を走ってみようというのだ。上りきったあたり、道を探したら沢ぞいに道がある。この道を登っていく。登りきって道らしき尾根を右にいく。あまりはっきりしない道を進むとビニール鉄線を張りめぐらした境界に出た。ここで引きかえせばよかったのだが、なんとなくまだ行けそうな気がしてどんどん下ってしまった。本来、こんなに下ってはおかしいのだ。

Aa_052 地図上のBから665メートル標高点に向かっているつもりで、実際はAから695メートル標高点に登ってしまったのだ。さらに下ると左手下に林道が見えた。ヤブを突破して林道に降り立つ。

木下の奥の林道行き止まり地点らしい。下っていくと、やはり!

Aa_054 見覚えのあるところに出た。

もう一度千万町をめざす。今度は周りをよく見ながら行くと、千万町の田んぼは蕎麦が植えられているところが多い。

千万町からは巴山横の峠を越えて、作手にもどった。

なかなか一筋縄では行かないコースだった。

 今回のテーマは「千万町は二度行く!」。  

みなさん、お疲れさま。もう少し地図をよく見なくては・・。

おもしろ地名 1

木下 (きくだし)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年5月24日 (木)

新城の吉祥山周辺を巡る

2007年5月19日(土)雨のち晴れ 愛知県 33.1キロ 2.5万図 三河富岡 新城

1_6 新城市の富岡公民館を基点に岩太郎さん、kumaさんとMTBで周遊してきた。TAKAさんも参加予定だったが、仕事で残念ながら不参加になった。

富岡から比丘尼城址へ

最初に比丘尼城址へ行く。以前、宇利城址を歩いた時、比丘尼城址へというAa_003_3 看板があり、それがどこなのか気になっていた。

今回、下調べしてそれが中宇利山という223メートルのピークだとわかった。

西側から林道を上り、送電線のところから山道に入る。

Aa_004_3道は下草が刈られてきれいに整備されている。

山頂あたりはさくらの木がたくさん植えられている。

Aa_009_3 Aa_020_4 すでに桜の季節は過ぎ、葉が茂っているが、一度満開の桜を見てみたいものだ。


Aa_016_9 山頂北側から中宇利地区を眺め、下山する。

下りは送電線に沿って下り、蛇紋岩地帯を走る。

このあたりは特異な地勢らしい。

Aa_006 下っていった中宇利は今田植えの最中。

このあたりは共同で田を管理しているようだ。

Aa_021_2

野田城址へ

2_7 車がなるべく通らない道を選びながら野田城をめざす。

Aa_022_1今、浜松にプロバスケットチームを招請しようというので新聞をにぎわしているOSGの工場もあった。

豊川を渡る少し手前で、サイコンの距離が20000キロに達した。

Aa_024_4 豊川を渡る。Aa_025_1

この橋は最近(18年)できたらしい。2.5万図にはない。

橋の向こうではウォーキング大会が行われていた。JAのAa_027_1 主催だという。

横浜ゴムの周囲を廻りこんで野田城の駅を過ぎて、野田城址へ。

北側の301号線から看板に従い、左折。

Aa_028_1 Aa_029_2 杉が茂る中で、昼食にした。


吉祥山へ

3_2 本日の最終目的地、吉祥山へとコースをとる。

Aa_037_2 豊川を今度はちょっと下流の橋で、再び渡り返して右に曲がり、神社の西側の道をたどる。

この橋は豊川用水の取り入れ口になっているようだ。

Aa_039_1Aa_040_2 林道はまっすぐにかなりきつい。

林道わきには石仏が短い間隔で建っている。

この道は今水寺跡へと上っていくようだ。

Aa_042_5 中世にこの神社記号のあたりに大きな寺院があったらしい。

神社の南側を尾根を越えていく道があるはずだ。

尾根の東側の林道へ出る。

Aa_044_5

Aa_045

山頂直下まで林道で行けた。


Aa_053_2 山頂は、展望がいい。

しばらく展望を楽しんだ後、休憩所へと続く尾根道のダウンヒルを楽しんだ。

Aa_059_2 Aa_061_1 今回、吉祥山の名前の由来でもある吉祥天を見られなかった。

休憩所にあった看板によると、Cコースのシイの森にあるようだが。いつかまた機会があれば・・。

Aa_062_1

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年5月18日 (金)

旧下山村を巡る~その2~

2007年5月13日(日) 晴れ 愛知県 20.8キロ 2.5万図 東大沼 三河湖

01 前回、 松平から大給まで歩いた後、同行したujiharaさんが帰りに立ち寄った、田代城址のことを愛知の城仲間にメールしたそうで、その後、すぐにまた下山の城めぐりをしようという話が決まったそうだ。

それが今回の発端だった。豊田市下山支所で待ち合わせた。浜松からはAa07513_001 私 とujiharaさん、hayasiさん。愛知からgotouさん、kawaiさん。kawaiさんには資料等でお世話になった。

今回、私だけわがままを言ってMTBで廻る。四人はkawaiさんの車で移動。一応廻る順番を聞いておいた。車組が先に出発。私もちょっと遅れてスタート。

Aa07513_005 最初はすぐ近くの大沼城址。入り口に着くとちょうど車から降りて歩きだすところだった。

Aa07513_009 この城址は規模が大きい。階段等も整備されている。

   Aa07513_015 一応、全部いっしょに見て本郭から次の孫根城址へ、Aa07513_016_1Aa07513_017 私は先行する。

大沼の町並みを抜けて、平瀬方面をめざす。
Aa07513_024 峠を越えて下っていくと右手から合わさる道路の脇に看板が見えた。実は、ここの孫根城址がある尾根の地形が、以前下山を巡った時から気になっていた。何となくである。
ここから平瀬に行く点線道をたどってみたかった。今日はやっと現地が見られる。

Aa07513_025   Aa07513_026この看板から右に行き、次の看板から左に林道をたどり、梶神社跡から山道に入る。このあたりは梶という地区。孫根城址も最初は梶氏だったらしい。

車組がなかなか来ない。しばらくしてメー ルしてみる。場所の入り口を書い ておくる。やっと車が到着。梶神社前に車を停める。いっしょに城址に行く。神社の先、林道がカーブしたところから、左手の山道に入る。

Aa07513_032Aa07513_034木が茂っていて回りはよく見えない。左手下には道路が見え、右手下には巴川が見える。いずれも木の間越しにちらっと見えるだけ。尾根の先端に 孫根城址があった。


Aa07513_036 ここでまたみなさんと別れて、平瀬への山道を下る。最初だけちょっと乗れたのだが、すぐに乗れなくなる。ちょっと後悔し始めた。倒木、ヤブで廃道に近い。一人なのでムリは禁物なのだが、下ってしまったので行くしかないか?

Aa07513_039 ふと橋がなかったらどうしようとも思った。が、やっと橋のところまで来た。橋はあった。

コンクリートの橋脚に鉄板を乗せてあるだけのように見える。右手から電動車椅子の女性が来た。今、川のこちら側の道から来たと話かけると、Aa07513_041 最初はよくわからないふうだったが、やっとわかってくれた。

「なに!梶の神社のところから来ただか。昔は大沼の小学校まであの道を通っただが、今は誰も通る人がいない。大水が出るとよく橋が流されたで、こちらの道はとおれただ・・。」

Aa07513_043 この先の神社まで行ってみた。八幡神社だった。橋のこちら側ももう一軒しかないとさきほどの女性が言っていた。

やっと橋を渡り向こう側の道路に出る。振り返るとここは”平瀬のヤナ”だった。

Aa07513_044 川沿いの道を上流へとたどる。

ところどころに川遊びの家がある。

02 加茂広域農道の下をさらに上る。

Aa07513_050 車組は私がヤブこぎでモタモタしている間にすでに大桑城址を見終わったらしい。ujiharaさんからメールが入る。

とにかく大桑に行こう。さらに進む。301号線に出る手前で、ボーイスカウトらしい子どもたちが、川釣りをしていた。

メールからの情報で大桑城址は小学校の裏山だと聞いた。

Aa07513_052

しかし?これが小学校?

新しい立派な建物が丘の上に建っていた。

Aa07513_054 階段の途中に大桑城址への看板があった。自転車をおいて歩いて上る。

Aa07513_061 本郭を見て、後は一直線に代官屋敷に向かう。

近くまで行ったところで電話。

代官屋敷で昼食にするという。

Aa07513_068 急いで、上る。

話を聞くと羽生城址も行ってきたそうだ。

やはり車は早い!

Aa07513_072 昼食後、田代城に向かう。4/29以来。また来てしまった。三回めだ。

今日はしっかり隅から隅まで見学した。

ちょうど地主の方が金クワを持ってタケノコを掘りにきた。城址を見に来たAa07513_075 というとタケノコを持ってけという。お言葉に甘えていただいてきた。

これで下山の城探索は一応終了。車にもどり自転車をしまう。最後に大給城址にもう一度行き、愛知の城の人たちとお別れした。

Aa07513_079 やはり車の人たちと同じにはちとムリがあった。

が、ヤブこぎがなければほぼ同じペースで廻れたかもしれないが・・・。

皆さん、本日はありがとうございました。


 


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月19日 (木)

4/15はヨイコの日、下山415m三角点

2007年4月15日(日) 曇り 愛知県 24.6キロ 2.5万図 東大沼

1_2 前回(4/1)に引き続き、豊田市下山地区と岡崎市額田の山道を巡ってきた。

蕪木の415m三角点山はよい子山と勝手に呼ぶ?。

今日の第一目標はヨイコの日によい子山に登るということ。JAの駐車場にでも車を停めようとしたが、今日はなんだか人が多い。それもオレンジAa_003_2 のウィンドブレーカーを着た人たちが何人も道路わきに立っている。そうか、選挙か。豊田市の市会議員の公示日だった。

また、豊田市下山支所に車を停めた。

2_3 島から南へ行き、点線道を蕪木に行ってよい子山に登るつもりだった。しかしこの点線道が行けない。峠に行くまでに西の道がまずわからず撤退。

Aa_010_4戻って左の道を行くと途中から点線道とおぼしきあたりに林道がある。少し登って峠を越え下っていく。おっ、これはずっと林道ができているか? しかし、下りきったところまで。その先は道を捜すが、田んぼ自体が荒れていて耕作されていない。当然、道も草と木が茂り、自転車では無理だとわかった。田んぼの中は泥沼化していてその中にイノシシらしい足跡が無数にある。

引き返す。せっかく下った道を押して上る。

Aa_015 ここで予定変更。よい子山は後回しにして富尾(とんびゅう)へ先に行くことにした。

南へ舗装された道を上って峠を越えると田んぼがひろがっている。この舗装路は田んぼで終わり。右手にある山道を下ると、笹が茂っているがなんAa_017_2とか下の道路に出る。

しばし、休憩。Aa_019_4

富尾へ越える峠には庚申塔があった。


Aa_033_2 Aa_030_2富尾には城址があるのだが、これがどこやらわからない。

公会堂奥の家方面を探してみたが、石垣に囲まれた平坦なところがあったが、これはちがうようだ。

結局わからずひきあげる。保久へ向かう。

Aa_046_2 保久では小学校で桜まつりの最中。体育館奥の城址に登り、昼食を食べているとおっと地震だ。あとで聞いたら三重県亀山の地震だった。

Aa_042_2 Aa_047

さて、いよいよよい子山だ。

途中、桜を見ながら・・。

Aa_049

3
よい子山は地図で見るかぎりは道がない。しかし、南の外山の集落の田んぼまでは点線道がある。これを進むことにする。
行ってみるとはっきりした車が通れる道だった。それでも再奥の家を過ぎてしばらく行くと、その先は一応山道があるのだが、荒れていて自転車は無理そうなので徒歩で進む。

Aa_053_1 峠に出ると反対がわのすぐそばに舗装道路が上がってきている。しかしこれは左手奥にむかっている。峠から右に踏み跡をたどると次第に左に巻いていき、北側の尾根らしきところから山頂に向かっている。一応赤テープがある。
Aa_060_1 少し平になってきてついに山頂に到着。
展望はない。航空写真用にやぐらがあった。その奥の木にAa_061
手製の看板がある。三角点名、蕪木というらしい。

Aa_063_2 今日は高度計を持ってきた。途中、何の調整もしなっかたのに、なんとぴったり415メートルを示していた。
さすが、よい子山。
来た道をもどる。
この後、蕪木からもう1つ点線道を行こうとしたが、Aa_064 これも最初だけちょっといい感じだったが、すぐに田んぼに出てその先に舗装林道に変わっていた。さらに上ったがどうも方角違いのほうに行きそうなので、引き返し、最初の島へ戻って、車へと戻った。

下山のほうが、案内表示がしっかりしているような気がした。
Aa_069また、全般に路傍に石仏が至るところに見られた。

しかし、点線道は荒れていてわからない又は自転車ではムリというのが多い気がした。

今回は岩太郎さんとふたりだった。

帰途、車で松平神社に立ち寄る。301号線から入る道路左側に、遊歩道らしい道が整備されていた。

Aa_073_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 5日 (木)

旧下山村を巡る

2007年4月1日(日)  曇り 愛知県 18キロ 2.5万図 東大沼

1_1 雨はあがって暑いくらいの天気になった。

豊田市役所下山支所まで行き、車をおいた。旧下山村の役場だと思う。今日は岩太郎さんと二人で出発する。

このあたりは、2.5万図をながめていると点線道が多く楽しそうだ。下山支所はちょっとした丘の上にあるのでまずは下っていく。301号線に出て右に曲がり、南西に向かう。

Aa_004_1 新井前というバス停近くからガソリンスタンドの横を左に曲がる。すぐに道の右脇に石仏があった。

もう少し行くと、田代城址という看板がある。おっ、これは寄らねば。その先に説明板がある。

Aa_008_3 右に曲がってじきに左手の田んぼの向こうに矢印が向いている。畦上を歩いて見にいった。曲輪跡にはアンテナみたいなおかしなものが建っているが、右手奥の茂みに中を見ると周囲は土塁、その向こうには堀切がきれいに残っている。

Aa_010_3 田んぼわきに戻り、道路を上っていくと民家右奥から山道になる。 

雨上がりで湿っているし、杉の枝などで隠れている下には苔むした岩などがあり、これは下りに油断していると滑りそうだ。Aa_011_3

自転車を押して登る。

Aa_013 上りついた峠には石仏がまつってあるお堂があった。

Aa_016_5 峠からは、道はふたつ。右側の道を下る。

ゆるやかで乗れる。

Aa_017_1





道路に出て、右にすすむ。山に挟まれたのどかな田園風景が続く。

Aa_018_1 この先の点線道の峠を越えて蘭に出ようと目論んだのだが、舗装された農道が予想外に続き、舗装が終わったあともダートの林道が伸びている。ひょっとしてこの林道が尾根を越えているかと先に進んだのだが、これは途中で終わっていた。

Aa_021_1 少し前にあった赤テープのところから山に入って上ったところが、峠だった。

ここを越えてすぐに向こう側の林道に出た。ここを越える前に一度左手に道を間違えてうろつき、意外に時間がかかっていた。すでに11時半。時間だけではなく、暑さからかちょっと疲れぎみ。
この先、ショートカットして杜宇ノ巣峠をめざすことにする。

2_2 下りきって301号に出る。東蘭から左に曲がって、本郷をめざす。

Aa_029_1 ちょっとした峠状のところを越えてくだっていくと、意外に早く本郷だった。

本郷に十字路状のところには左豊川という道標が建っていた。

Aa_030_1

この時点で私はまだ杜宇ノ巣峠がどこなのかはっきりわかっていなかった。

なんとなく本郷から北に行き保手沢からの点線道を右に入り、送電線をくぐるのがそうかなあと思っていた。で、そのとおりに行ってみると、峠には着いた。

Aa_037_1 しかし、これはちょっと下るのは無理かと思われた。倒木が多すぎる。

峠から南に尾根の東側を巻くように道がある。この道を行ってみた。しかしこれも南のピークあたりでなくなり、右側に送電鉄塔が見えたので、木の間をぬっていく。とりあえず、鉄塔の下で昼食にする。

Aa_040 巡視路をくだり、右から上ってくる道に出た。これが杜宇ノ巣峠への道か。

Aa_042_1

左に上がっていくと峠に出た。

Aa_044_3 先ほどの道よりは行けそうだ。そのまま下る。押したままてごわい竹やぶを通過すると道路が見えた。岩倉に出た。

ちょうど、この家のおばあさんが出てきたので、話を伺う。

Aa_046_1 やはり、杜宇ノ巣峠だということだった。

気をつけて行きなさいと、励まされた。

その少し先まで下って行くと、左手の地図上では神社マークがあるところから若い女性が出てきて、停めてあった車に乗っていってしまった。

Aa_050_2 ん・・。何かやってるんだろうか。道からそれて入ってみると、お堂の中におじいさんと、お孫さんらしい子供がいた。

右側の掛け軸には、お釈迦さまの涅槃図が描かれている。

お断りして写真を撮らせていただいた。そこへおばあさんが箱を持ってやってきた。せっかくお参りしていただいたから持っていきささいと、お餅をふたつずついただいた。

Aa_060 色がきれいでやわらかい。家に帰って仏壇に上げてからいただいた。甘くておいしかった。

さて、今日はこのあたりで終了する。日折峠まで行き車に戻る。

Aa_058_2

今回は「忘れられた街道」並びに、ナワ~ルド@峠おやじさんの杜宇ノ巣峠の項を参考にさせていただいた。

車での帰り道に、千万町の茅葺屋敷をのぞいてみたら、入り口のサイン帳に「忘れられた街道」の文字が見えた。筆者の中根さんが3/22に訪れていたようだ。売店で聞いてみたらよくここに来られるそうだ。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月12日 (月)

船明(ふなぎら)から行者峠

2007年3月10日(土) 晴れ 静岡県西部 26キロ 2.5万図 二俣 秋葉山

Photo_5

ひとつめの峠は・・

船明ダム湖の公園駐車場に車を停めた。ちょうどそこでランドナーで来た人がいたので話をしたら、浜松からここまで約30キロ走ってきて、今から山住峠まで行ってくるという。頑張ってと分かれた。

最初の予定は、天竜総合事務所の脇から北へ峠を越えて船明に出てかAa_002_1 らのつもりだったが、駐車場がいいところがなく、ダム湖まで車できた。

峠に向かう道は神社脇からと、お寺からの二本があり峠手前で合流しているようにみえた。最初は神社脇の東の道をさがしてみた。民家横を奥に入っていくと、砂防ダムができていた。

Aa_003_1ダム堰堤まで上ってみたが、奥のほうは道がないように見えた。ここはあきらめ、お寺に向かう。Aa_005_1

Aa_008_1 お寺脇に光明山、秋葉山の道標があった。右手に行くと民家で行き止まりのように見えた。

Aa_010_2 戻って少しくだってみると、そこにはトンネルらしきものが入り口を閉ざしてある。

Aa_009_1 ひょっとしてこれは国鉄佐久間線のなごりか?

近づいてみるとやはりそうだった。

後ろを振り返るとAa_011_2 線路をひくための盛土の跡もあった。

もう一度、行き止まりの民家の裏あたりをさぐってみると何とその民家の庭先を通りぬけた奥に山道があった。

やっと道がわかった。かなりしっかりした道だった。

Aa_014_4

途中に行者山という指導標があった。この道は行者山への登山道でもあるようだ。

最初の峠らしいところは、下る道がわからず、そのままはっきりした上りの道を進む。駿遠線の40番送電鉄塔への分岐を右に見送ってもうしばらAa_021くで、峠だった。

左手上に上っていく道があり、少し登ると行者山の頂上だった。峠は行者峠。

Aa_025 山頂には行者の石像があった。

南側は木が伐られていて見晴らしがいい。

Aa_022 峠から少し右の廻りこむように下っていくと舗装された林道に出た。光明山林道だった。

少し上って左に分かれて下ると大川から152号線に出た。

二つめの峠は・・

Photo_6 152号の道の駅花桃の里から右に入って佐久まで行く。

Aa_030 佐久の神社の左から峠を目指す。最初は林道だったが次第に傾斜もきつくなり、

Aa_035_2 山道もはっきりしなくなった。

地図では沢から離れて右の尾根に上っていくようだが、途中そんな道もなかった。

Aa_038_1 歩きなら行けるかもしれないが、自転車では無理だと判断して撤退する。神社のところまでもどり、

昼食にする。

Aa_044_2 今度は松間への道を上り、尾根の林道から峠そ目指す。

途中、稚児の滝の看板があったのでせっかくだから寄り道してきた。

高さはそんなにないのだが、形のいい滝だった。

Aa_052_1 また林道までもどり、尾根沿いの林道までのぼる。峠から左に上っていく。右にひとつ林道を分けて、左手から上ってくる林道まで行ったら、あれっ、岩太郎さんがいない。

しばらく待つと自転車を押してやってきた。

パンクだった。また、ヘンなジンクス。私と一緒に行った人がパンクするのだ。いや、気のせいかもしれないが・・。

Aa_058_1 チューブ交換をして、また先に進む。

先ほど撤退した峠に着いた。

林道で分断されているのだが、一応峠だ。

Aa_059 台座に上島(あげじま)村と彫ってある石像があった。上島は峠を北に下ったところの集落である。

ここまで来て、一応峠にたどりついたので戻って林道を下り、佐久から花桃の里を経て、ダム公園にもどった。

自転車を収納していると、出発のとき出合ったランドナーの方が、ちょうど山住峠まで行ってきた帰りといっしょになった。なんと彼は134キロも走っておられた。ほぼ同じ時間で私たちは26キロ。う・・ん?

お疲れさまでした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 5日 (月)

山吉田から常寒(とこさぶ)山、吉川峠

2007年3月4日(日) 晴れ 愛知県 23キロ 2.5万図 三河富岡
また山吉田から、MTBで山と峠に行ってきた。
Photo_4 いつものところが、人が大勢いて車が停められなかったので、もう少し西の黒松峠に行く林道の入口あたりに停めた。

同行は岩太郎さん。今日は花粉が非常に多いとの予報。岩太郎さんはマスク姿。大変である。しかし、午前中は無風状態Aa_003 でやや助けられる。 
田んぼ脇の山中の道路を進み、林道を上る。450.1三角点ピークの北側の峠まで上る。左手に指導標があった。
ここはしみず峠というようだ。
Aa_008 ここから山道に入る。道は北へ越える道もあるようだが、左手に進む。
二つめのピークが三角点の山だった。
展望はない。

Aa_010_1 Aa_012尾根をはずさないように常寒山方面に進む。次第に道がはっきりしなくなるが、そんなに歩きにくくはない。倒木さえなければ乗れそうなところもあるのだが・・。

道がはっきりしなくなったあたりで右の方を探すとはっき

Aa_014_3

りした道があった。
乗本へ下る道のようだ。
左に行くと、竹ノ輪と常寒山の分岐。右に進む。
ほぼ乗れる。

Aa_016_2 頂上手前あたりだけ、押してあがる。
山頂に着いた。1998年12月、船着山から尾根伝いにここに来たことがある。その時、確かここには社があったはずなのだが、今はない。
かわりに、石の社が三つ祭ってある。

Aa_018松山峠方面の指導標が、西側にある。

Aa_019_2 山頂のすぐ下まで竹ノ輪からの林道がきているのだが、ここはシングルトラックを峠までもどる。

Aa_020_1

峠のすぐ南には石仏があった。

Aa_024_1 長い林道をくだる。
途中、ハルリンドウが咲いていた。
Aa_028
下のほうは砕石を入れたばかりなのか、もぐりそうで、ハンドルをとられないように気を使う。

Aa_029 梅が満開になっている。そこはもう竹ノ輪だった。道路に出て、右に進む。
竹ノ輪グランドが右手上にある斜面に桜が咲いていて、ここで昼食にした。
岩太郎さんはカップ麺持参、でお湯を沸かしていた。

Aa_033_1 のんびりした後、予定変更。まあ予定もあってないようなものだが。
今日は一応、風切山の予定であったが、常寒山で時間がかかったので、あとひとつ峠に行って帰ることにする。

2_1 吉川峠には石の道標があった。

Aa_035_1 左竹のわあきは山と見えるのだが、右がはっきりしない。

吉川から中宇利の小畑へ越える点線の道。
最初は道路だが、地図の通り途中から山道になった。

Aa_036 最後はやや急だったが、そこを上がると舗装道路だった。振り返ると今、あがったところが道とはわからない。

この舗装路を右に少し行ったところが、旧峠のようだ。名前が書いてないが、道祖神がある。
Aa_043

Aa_044_1 右に下ると小畑に出るようだが、今日は左に戻ることにする。この道は船着林道支線らしい。

途中、ボーイスカウトの吉川野営場を右にみて下っていくと、吉川峠にでた。


Aa_050_1

竹ノ輪から右に折れて、梅の咲く道を走りぬけると、じきに出発点にもどった。

Aa_056_1 岩太郎さん、杉花粉の中お疲れさまでした。

次回、あの峠と小畑側と、今度こそ風切山へ・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)