カテゴリー「北へ・・・」の23件の記事

2009年5月13日 (水)

北へ(19-3)目指せ日本海!完結~根知から糸魚川へ

2009年5月4日(月) 曇り 新潟県 20700歩 2.5万図 糸魚川 小滝 越後大野

1 Aimg_0483 昨夜も北小谷駅周辺でテント泊。

6時ころ根知駅まで車で移動。ここから歩きだします。

今日は最終日。もう間違いなく午前中に日本海に着くでAimg_0491 しょう。昨日夕方、根知駅にまもなくのところで地元のおばさんと話をしたのですが、静岡から来たのなら今から見ていきなさいと言われたのが、フォッサマグナ(糸魚川静岡構造線)です。さすがに、昨日は5万歩ちかく歩いたあとだったので気力がなく駅に直行したのですが。

今日は、まずそこから見ていきます。根知川を渡ってすぐに右に入っていAimg_0498 く遊歩道があります。そこがフォッサマグナパークの入り口。

Aimg_0495 根知川の北側をゆるやかに登っていきます。しばらく行くと階段の下に断層がありました。フォッサマグナとはドイツ人の地質学者ナウマン博士が命名したそうです。

そのまま遊歩道を通り抜けて、仁王堂に出ます。

Aimg_0511 飯綱神社あたりが仁王堂というようです。神社に人が集まっていました。話を聞くと今日は春の祭りだそうです。昔は3日くらい期間があったそうで盛大だったとか。仁王堂とは地名で昔、石の仁王がいたという伝説だそうです。

ここで塩の道に復帰。以後、ずっと塩の道を行く。とはいえ最初は広い舗装Aimg_0512 Aimg_0518 道路をゆるやかに上っていく。上り切ったあたりで右に入る指導標があった。

この先、気持ちがいい山道がつづく。ウトウといわれるUの字状に掘れた道があらわれる。

Aimg_0538 Aimg_0545 小坂に休憩所があった。集落の中の道路を歩く。道路中央の丸い穴は融雪用の穴か?

十王道を過ぎて右に曲がり大糸線を横切る。ちょうど電車が来た。

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2009年5月10日 (日)

北へ(19-2)目指せ日本海!完結~北小谷から平岩、大網峠

2009年5月3日(日) 晴れ 長野県 新潟県 48700歩 2.5万図 雨飾山 白馬岳 越後大野 雨中

1

昨夜のうちに、朝食と昼食はコンビニで調達しておいた。

朝6時少し前に出発。まず昨日の予定分、平岩駅まで歩く。

その前に道の駅おたりでトイレに寄る。

Aimg_0290 Aimg_0292 Aimg_0293 道の駅から100メートルくらい進んだ左側に吹雪荘と道の駅の源泉があった。その先の島温泉をすぎると、左に入る塩の道天神道が始まる。

Aimg_0307 Aimg_0306 Aimg_0319 天神道はゆるやかな山道で今回歩いた中ではいちばん気持ちよく歩けた。

山道の脇には、いたるところに花が咲いていた。

また、石仏も数多い。

Aimg_0315 Aimg_0313 城の越といわれる峠を過ぎると、湯原に下っていく。

この先、塩の道は河原に下っていくらしいのだが、我々は148号の旧道を行った。

Aimg_0329 Aimg_0330 雪よけの下には獣捕獲器が数多く集められていた。

ドラム缶を改造した古いものから使用説明書が着いた新しいものまで、これをどこで使うのだろう?

Aimg_0334Aimg_0339 蒲原沢(がまはらざわ)は信越国境。橋の名前は国界橋だった。いったん新潟県に入る。

旧国道はこの先で抜け落ちているそうで、通行禁止のバリケードがある。右に下って国道を横切る。その先に蒲原(がAimg_0343 まはら)温泉の建物があった。どうみても営業はしていないようだが、車が停まっている。その先は大規模な工事現場。

温泉の手前に左に登る塩の道があった。上りきって旧148号道路に出る。右に進むとすぐに葛葉(くずは)峠。廃業したらしい民宿の裏にお地蔵さんが2 Aimg_0353 Aimg_0354 あった。

峠から下っていくと白馬大仏がある白馬温泉に出る。

姫川のほとりに下りて公園のところで大糸線の電車を撮っているらしいカメラマンがいる。ちょうど電車が通る。

ここまででやっと一日目の予定部分を歩き終えた。橋を渡って大網峠へ進むのだ。

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2009年5月 6日 (水)

北へ(19-1)目指せ日本海!完結~南小谷から北小谷まで

2009年5月2日(土) 晴れ 長野県 19800歩 2.5万図 雨中 雨飾山 白馬岳

1冬の中断から久しぶりに目指せ日本海を歩いてきた。今回は三日の予定で最後まで歩くのだ。

Aimg_02161000円につられて高速で行く。しかし途中、岡崎、土岐、中津川、伊那と渋滞で下道のほうが早かったようだ。

2時ころ、南小谷駅について駅に車を停めて歩き出す。

予定した時間より3時間ほど遅れている。

2Aimg_0223今日は行けるところまで 行こう。今回はujiharaさん、 iioさん、 shinjiさんと四人。

最初、国道148号を少し歩いて小谷村役場のあたりから左手の山に入っていく。短い草がはえている気持ちのいい道だ。

Aimg_0230 虫尾には阿弥陀堂があった。塩の道祭りの接待らしいテントがつくってあったが、誰もいない。祭りは3日~5日だが‥。小学生くらいの男の子がMTBで ひとり遊んでいた。

下里瀬(くだりせ)に出る。芝居でもあるのか舞台の準備をしていた。

Aimg_0242Aimg_0257池原へ抜ける塩の道はフスベといわれる難所。急斜面を横切っていく。ルート横に白い目印のテープが張られている。ちょっとずり落ちそうな危ないとこ ろもあった。

石坂を抜けて下りに入る。

浦川は、少し左に戻り浦川橋をわたる。

Aimg_0264 この川の上流にある稗田山が明治44年8月8日の未明に突然大崩落をおこして、下流の来馬等を埋めつくしたという。

今も急流は河原を流れくだっている。

Aimg_0270 Aimg_0283 川の横を下っていく。来馬(くるま)温泉の横を通過して橋を渡ると、北小谷の駅。

今日はここまでにした。

一旦電車で南小谷に戻り、車で道の駅小谷で食事と温泉に入る。北小谷駅近くでテント泊。

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2008年12月 2日 (火)

北へ、(6-1)北条(ほうじ)峠から水窪へ

2008年11月23日(日) 晴れ 静岡県西部 26000歩 2.5万図 佐久間

2 目指せ日本海の飛ばした最後の区間、佐久間から水窪を、北条峠越えで歩いてきた。水窪からは、、自転車で越えた。

西渡からの塩の道も以前歩いていたので、今回は北条峠を選んだ。

Aaimg_0007同行はujiharaさん、 nakamuraさん、shinjiさん。

佐久間地域自治センターに車を停めて歩き出す。手が冷たくて手袋をはめる。

1

何台か猟をするらしい車が追い越していった。軽トラックの荷台に猟犬が乗っている。途中、銃声を三発聞いた。うまくしとめただろうか?

Aaimg_0027 Aaimg_0032 河内川は左手下にある。佐久間町の民話を説明した看板がところどころにある。かなり下らしいので、二つめの滝を迷った末、見に行った。10分と書いてあったが意外に早く5分くらいで滝に着いた。

二段になっているのだが、滝の下まで行くと上の滝は見にくい。

Aaimg_0037 また道路にもどり、上っていく。

珍しい杉があった。どうしたらこんなものができるのだろうか?

二本杉峠の手前に旧道があった。指導標どおりに旧道を行く。

Aaimg_0039 旧道を抜けた羽ケ庄(はがしょう)からは、佐久間の町が見下ろせる。

説明板には中央構造線が見られるとあるが、正直よくわからない。

Aaimg_0048 Aaimg_0066 北条峠にあるそば処で、そばを食べる。10時半を少し過ぎたところで、私たちが二番目の客だった。古い民家を移築した建物でちょっと暗く寒いがこたつに入って温まりながらの食事。

Aaimg_0061 峠からは下り。歩いていると後ろから来た車の男性二人が向こうから話しかけてきた。ここはハイキングコースになっているのかと聞く。日本海に向けて歩いていると説明した。

二人は定年後に水窪にやってきて住みつき地元の人を対象にした食堂を営Aaimg_0079 んでいるらしい。

大津峠への旧道に看板をつけたから機会があったら歩いてみてという。

下りきって153号線の道路に出る。

Aaimg_0080 Aaimg_0093 城西の町を抜けて、右に塩の道に入る。入り口もわかりにくいが、道も荒れている。途中、ちょっと崩れているとこともありあまり一般的ではない。

高根城址の下に出ると、道路に出る。水窪の町に出て、飯田線で佐久間にもどる。ちょうど電車の10分前に駅に着いた。

これで途中飛ばした区間も終了した。そうこうする内、最終区間も雪がきた。無理をせず、日本海は来年の雪どけ後に伸ばすことにした

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2008年10月28日 (火)

北へ、(18-2)目指せ日本海、塩の道を行く 青木湖~南小谷(二日め)

2008年10月19日(日) 晴れ 長野県 38000歩 2.5万図 神城 白馬町 白馬岳 雨中 
4

Aaimg_0073 二日めの朝食を6時半にお願いしておいた。

昨夜はコップ一杯のビールで真っ先に寝てしまった。予定どおり7時に出発できた。

3Aaimg_0077最初のうちは寒い。10度以下に下がると昨夜の天気予報で言っていたとおり。

Aaimg_0080手が冷たいので手袋をはめる。

青木湖の北部にさしかかると、初めて塩の道の標柱が現れた。

  佐野坂峠への上りはあっという間に終わる。佐野坂スキー場で、大糸線を横2切って白馬村佐野の集落に入っていく。

Aaimg_0081左手の山は紅葉している。

小学校に突き当たり左手に廻りこんで道は続いている。校庭にヤギがつないである。先生だろうか、ヤギ舎らしい中を掃除している。上から声をかけると子どもたちが飼っているとい うか、どこかの牧場から借りて世話をしているそうだ。

Aaimg_0090

Aaimg_0096右手にコンビニが見えたので、今日の行動食を仕入れる。

左手奥から、白馬三山が少しずつ見えてくる。最初に見えた のは白馬鑓、杓子。白1Aaimg_0102 岳はガスがかかっていてなかなか見えない。

薬師堂の足湯で休憩する。

白馬駅からまっすぐ西に伸びる道路を横切り、しばらく行くとAaimg_0104 スーパーの駐車場で除雪機の展示会が開かれていた。さすが、スキー場が近い雪国なんだ。ちょっと違うなあ。これから冬を控えて今が、売り込みの機会なのかな。

松川を渡り、岩岳スキー場のすそを廻りこんで上っていく。切Aaimg_0114 Aaimg_0109 久保にある観音原は広場の周囲に石仏を集め、静かにたたずんでいる、・・・はずだったが、あいにく地元のレクレーションが広場で行われていてにぎやかだった。

周囲をぐるっと廻って石仏を見て通過する。

Aaimg_0134 落倉で昼食にする。日当たりがいい草にすわり気持ちいい。時々、自転車も通る。

下って松沢。ここから山道に入る。

Aaimg_0147 上りきってしばらく行くと、右手にジャンプの練習場らしい斜面が見える。そこを過ぎると、前山百体観音がある。

ここからまた山道。道路に出てすぐ右に牛方宿がある。

Aaimg_0152 塩を運んできた牛と牛方がいっしょに泊まったそうだ。となりには塩蔵もある。

中をみるには、有料だったので先を急ぐ。

Aaimg_0159 沢沿いの急な親坂を下ると、千国。ここには関所もあるのだが、次第に電車の時間がぎりぎりなような気がする。なんとか14時11分に乗ろうと頑張って千国から先は国道を歩いた。その甲斐あってなんとか10分前くらいに到着。が、。。。この電車がない。

Aaimg_0162 運転日注意で昨日は運転していたのに、今日はない。駅員さんに聞くと次の特急あずさ26号に乗れば、一時間あとの普通列車より早く着くという。せっかくだから、今回は特急で行くことにする。

4人だったので回数券で割引になってひとり500円。

Aaimg_0163どこから来るのか、大糸線にしてはこの南小谷駅は混んでいた。塩の道は誰にも会わなかったが、ここは蓮華温泉からと雨飾山から下りてくる人たちだろう。

大町で乗り換えて、松川に戻った。

Aaimg_0111 二日間、天気はよかったのだが、一日めにできたマメが二日めにはさらに大きくなり、両足とも豊作だった。

次回は、うまくいけば一泊二日で最終回となりそうだ。

 

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2008年10月25日 (土)

北へ、(18-1)目指せ日本海 ひたすら歩く 大町~南小谷(一日め)

2008年10月18日(土)晴れ 長野県 36600歩 2.5万図 大町南部 大町 神城

4    松川で雨に降られて以来、ひさしぶりに目指せ日本海を歩いてきた。

松川駅の真西にある松川村の駐車場に車をおいて歩きだす。

Aaimg_0001今日、明日と何の心配もなく晴れの予報。

今回の参加者は、ujiharaさん、iioさん、kumaさんとの四人。

最初の予定では、高瀬川を渡って仁科神明宮に寄り、塩の道を行こうと思ったのだが、どうもそちらに廻ると時間がかかりそうなので、Aaimg_0005 たすらまっすぐに北へ向かうことにした。

稲田の向こうに特徴のある有明山が見える。信濃富士と言われている。

Aaimg_0010 休耕田なのかかなりの田で、大豆が色づいていた。

まっすぐに行くと小学校にぶつかる。大町南小学校だった。

バザーをやっていたのだが、その脇を通り抜ける。

2

Aaimg_0016 その先のにみごとに実ったりんごの畑があった。去年、黒部ダムの入り口、扇沢で地元のりんごだといって売っていたのだが、そうか、大町にもりんごがあったのだ。その時は何となく長野県内で取れたと漠然と思っていたのだが・・・・。

Aaimg_0019 行く手に鹿島槍ケ岳の双耳峰が見えてきた。

地図上の送電線が横切るあたり、なかなか見えてこない。

と思ったら何か細い鉄塔の上に電線が。。。これが送電線?

1

Aaimg_0020 Aaimg_0030 最初は旧式の送電線なのかと思ったが。この送電線もそうだが、なぜか南大町駅の南にある(昭和電工)で終わっている。(後にこの疑問が解決する)

大町運動公園で、休憩。大町アルプスマラソンの旗が立っている。高瀬川を観音橋で渡ってさらに北上する。

Aaimg_0037 大町北小学校のあたりは、蕎麦を栽培している田が多い。

信濃木崎駅の西で中部北陸自然歩道の標柱があった。これが塩の道だ。

Aaimg_0046 木崎湖の手前、温泉つきの民宿が多い。木崎湖温泉のタンクがある。

Aaimg_0047 やっと仁科三湖の最初の湖、木崎湖が見えた。

キャンプ場の中に入り、岸辺で休憩する。

Aaimg_0051 湖岸の道をたどり、ほぼ木崎湖を終えるあたりで今日初めてのハイカーに出会う。話をすると、明日のアルプスマラソンに参加するそうだ。

中綱湖を過ぎると青木湖はもうすぐ。

Aaimg_0066 Aaimg_0067 そこに、昭和電工の発電所があった。

そうか、あの細い鉄塔の送電線は昭和電工の専用線だったのだ。疑問がひとつ解決した。

Aaimg_0068 Aaimg_0069 青木湖が見えた。

すぐに本日の宿、中村屋さんの看板があった。

宿にあがり、靴下を脱ぐと両足にマメができていた。道理で足の裏が痛かったわけだ。こんなんで明日歩けるのか。

寝る前にマメをつぶし、水をぬいた。

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2008年10月 5日 (日)

北へ、(6-2)兵越峠から遠山郷へ

2008年9月27日(土) 晴れ 静岡県 長野県 42.3キロ 2.5万図 満島 伊那和田 水窪湖 三河大谷

 

  6 5 Aa_002

平岡より北へ、日本海めざして進んでいるが実は佐久間から平岡の間は冬の兵越峠を避けて伸ばしていた。

4 松川までは到達したが、日帰りではむずかしくなったので久しぶりに残っている区間を自転車で越えてみた。同行はiwazakiさん。

Aa_003 水窪の「国盗り」からスタートする。水窪川をはさんで東側の少し上がったところに飯田線の水窪駅がある。152号線を北へ進む。

地域バスの車庫を過ぎると上りになる。大原で飯田線の上を 3 またぐAa_010。すぐ左手に飯田線で最も長い大原トンネルの入り口が見える。帰りはこの飯田線で帰ってくるのだ。

右にオートキャンプ場、「マロニエの里」を見てさらに上っていく。途中、道路端の木製品の無人販売所を覗いているとロー ドの方が後ろから上がって行った。

2Aa_013昨夜から今朝にかけて急に冷え込んだ。寒いかと思い、着込んできたらやはり上りだすと暑い。

ベストを脱いだ。

Aa_015 池島で休んでいると近所の年配の女性が上から降りてきた。昔(21歳のころ)ここへもう暗くなってから5人で来て、テントを張れそうなところを聞いたら、ここの集落の寄り合い場所で寝るといいと、貸していただいたことがある。

 

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Aa_018 その時の親切な方はどうしているかと女性に聞いてみると、今は長野県に移転されたそうである。

ここ、池島からは三遠南信道の草木トンネルを経て兵越峠に向かう道をとる。152号線は青崩峠に行くのだが、車Aa_023は通れ ず不通区間になっている。

Aa_034

 

 

峠手前の坂はきつい。ちょっと休憩する。バイクが多い。途中、何度か抜かれた。

峠は浜松市と飯田市の境でもあり、静岡、長野の県境でもある。ここで毎年綱引Aa_035_0578_4き合戦が行われ、勝ったほうが国境を1メートル前進させられる。今年は10/26(日)に行われるそうだ。

 

 

Aa_045

峠から下りになる。

カーブの多い道をぐんぐん下る。長野県側は改良工事中なのだが、土、日は通れた。青崩峠への分岐で再び152号線に合流する。

_0579_5和田の町にでる。152号線は以前来た時とはルートが変わったようだ。かぐらの湯の横を通るようにバイパス化されたようだ。その横を通って右手奥に見えた城のような建物を目当てに適当に走る。遠山川を渡ると152号の旧道に出た。和田宿の看板がある古い町並みをゆっくり進むと、郷土資料館への道が右に上っている。急な坂を上ると和田城址。カーブの奥_0581_6 には駐車場があり、「殿町の茶屋」があった。

ここだ。久しぶりに本を読んでの現地訪問。

内田康夫著 長野殺人事件 光文社刊 2007年5月

この茶屋が物語りの舞台になる。浅見光彦がここでヒロインと出会う。名物のまんじゅうを食べようと寄ってみた。が、入り口に(本日売り切れました)と木の札がかかっている。ん・・、売り切れたのは何?

中に入って訪ねるとやはり、まんじゅうのことだった。うーん、残念。自転車でわざわざ来たのになあと言うと、ひとつずつあげるからこれで我慢してと頂いた。お茶もだしてくれた。さらに漬物も出してくれた。

いただく。うん、皮がそばの味がしてモチモチ感がある。おいしい。1つだけがさらにおいしさ感を増しているのかもしれない。

その後、何組かまんじゅうを目当てにお客が来た。いずれも断られた。一個だけでもいただけた我々は幸運だった。

お礼にと地図を買ってここをあとにする。

Aa_054

Aa_064

意外に早かったので一時の電車に乗れそう。寄り道しないで遠山川沿いの道を平岡に向かう。途中、何箇所かの吊り橋に乗ってみた。

駅の手前のトンネルを抜け、電車が来る30分くらい前にAa_066Aa_071駅に着いた。

輪行で水窪にもどる。


 

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2008年9月14日 (日)

北へ、(17)安曇野を行く、MTBでドシャ降り雨に会う

  • 2008年9月7日(日) 晴れ後雨 長野県 47キロ 2.5万図 塩尻 松本 豊科 信濃小倉 有明 明科 信濃池田 大町南部

    前回、広丘駅まで来た。今回は自転車にした。
    1_2タート地点を捜す。広丘駅東にある エプソン工場の駐車場前の道路わきは、十分な広さがあった。しかし、奈良井川沿いに走りたいのでもう少し西、松本空港に向かって行ってみた。奈良井川を越え、もう少し行くと左にカーブするところに道路脇にちAa_001ょっと広い駐車帯があった。チェーン脱着場のようだ。

    •  
     
  • ここに車を置くことにする。地図を見ると今、「」という地区にいるようだ。(o^-^o)今日の同行は、kumaさん、 iwazakiさん。
    ずっと、雨だった天気予報は、急に晴れ予報に変わった。
    とはいっても、最近の天気はゲリラ豪雨だからわからない。今日は、輪行を予定している。あまり早く雨になったら輪行はやめて引き返そうということで雨具はあえて持たない。
    奈良井川を渡る時、ちらっと見えた西側の堤防道がよさそうに見えた。

そちらの道を行くことにする。Aa_005
だが、

Aa_006 これが間違い。北へ行く一方通行で、意外に車が多くやりすごすのに気疲れする。
橋を二つ越え、三つめの橋のところで曲がろうかと思っていたらここから自転車道が!始まっていた。

あずみ野やまびこ自転車道だった。偶然にも・・。

3 Aa_012 Aa_014 このまま自転車道を行くことにする。あいかわらず、車は多いのだが、今度は安心して走れる。途中に看板があった。その地図によるとこの先両橋までは、自転車道がありその先は、清掃センターからまた自転車道がある。

松本電鉄上高地線の線路があった。右に信濃荒井駅があったので見に寄ってみた。

Aa_018 昔、上高地へ行くのはこの電車で行った。

さらに北へ進む。島内にはまたエプソンの工場があった。

清掃センター入り口から左に曲がる。ラーラ松本というプールと浴場があAa_022 4 る。焼却場の熱を利用しているらしい。

清掃センターの北で奈良井川と梓川が合流する。その梓川にかかる自転車道の橋を渡る。

そして、この時気付かなかったのだが、ここから奈良井川の水が梓川の底をサイフォンでくぐり、その先で拾ケ堰(じっかAa_024 5 せき)となって安曇野を流れて行くのだ。(実は帰ってから調べた)

長野道をくぐり、(梓川SAがあった)拾ケ堰沿いに行く。

最初のうちは流れもあったが、次第に流れはゆるやかになっていく。北西に進んでいるのだが、地形的にほとんどAa_026 Aa_029 平ら。堰が標高570メートルくらいをずっと保っていると、やがて現れた看板で知る。

この堰が江戸時代に作られたもので、安曇野の米を育てているそうだ。
Aa_030 7 やがて大糸線をくぐると、右に曲がり堀金の道の駅は堰からはずれ道の駅の中を通る。

再び堰沿いに戻って進む。この自転車道途中から穂高神社に行きたかったのだが、わからなくてやがて穂高駅も通りこして鳥川に出た。行く手に大糸線が見えてくぐり抜けAa_032 たところが、自転車道の起点だった。

少し南に行って穂高神社に出る。ここの横に塩の道が通っていた。

ちょうど、昼。穂高駅方面でそばを食べることにする。

Aa_035 8 ざるそば、おいしかったです。昼食後、穂高川を渡り北へ進む。さらに高瀬川を渡ってさらに北へ。

稲穂が見える田の中の道を、車が来なくて気持ちよく走る。そのうち、ぽつんと一粒きたかなと思ったら、あっという間に雨が降り出し、やがてどしゃ降りになった。

Aa_042 Aa_043 田の中の道がかえって悪かった。ちょうどあった小屋に行くと鍵がかかっていて入れない。そのまま走り続けて池田町の小学校に入ってしまった。

校舎のテラスで雨宿りする。雷も鳴っている。もうすでにびAa_044 9 しょ濡れなのだが・・。

30分くらいここで待ち、電車の時刻もせまってきたので少し雨が小降りになってきたのを見て、信濃松川駅に向かう。間もなく雨がやんだ。

Aa_045 初輪行だ!何とか袋に収めて電車に乗る。

いつもの歩きでは、せいぜい300円くらいしかかからなかったのだが、さすがに今日は自転車、610円だった。予定の大町には到達できなかったが、却って雨が忘れられないことになるでしょう。




 

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2008年8月25日 (月)

北へ、(16)分水嶺を越える~塩尻峠

2008年8月17日(日) 晴れ 長野県 32500歩 2.5万図 諏訪湖 鉢伏山 塩尻 

1 Aa_001 前回、岡谷駅まで歩いたのだが、駅周辺で駐車場を捜すのは大変だなと思った。

今回、岡谷の手前「川岸」駅前に車を停めてちょうどいい電車があったので電車にて岡谷に移動。

Aa_008 駅から南に出て、諏訪湖をめざす。ここ、岡谷はうなぎの町として宣伝している。うーん、これはまさかうなぎを探しているんじゃないとは思うけど・・・。

ついに天竜川の起点にきた。

Aa_013 Aa_017 釜口水門からはあまりきれいとは思えない水が流れでている。なんとなしに魚くさい。となりのうなぎ屋さんからはいい匂いがただよってくるのだが。

釜口からほぼ北へ向かって一直線に町を歩く。めざすは、岡Aa_028 Aa_030 谷インター。そこから塩尻峠を越えるのだ。

北へ向かう道は細くなりながらもほぼまっすぐにゆるやかに上りながらつながっている。

Aa_031 途中、岡谷病院と市役所の間を抜けていく。

OGKというなんだか聞いたことがあるような会社があったのだが、これはオカヤ技研だった。

Aa_035 20号線のぶつかり左に曲がる。ここはどこかに中山道の入り口があるはずなのだが、簡単に見つかると思っていたんだが、道標が見当たらない。そうこうしているうちに長野道岡谷インターもすぎてしまった。

通りすぎてすぐの道を右に曲がる。突き当たりが中山道のはずだと思う。

Aa_036Aa_050 ちょうど長野道の上を通って、石船観音がある。ここが中山道。左に曲がる。

ほぼまっすぐに登っていく。途中、大石がある。

2  意外にかからずに峠に出た。舗装道路が峠を越えている。峠は何もない。

Aa_052うーん、これが・・・。分水嶺か。峠から右に少し登ると展望台がある。そちらに登ってみる。

こちらは、諏訪湖方面の眺めがすばらしい。ほぼ私たちが歩いてきた線が見える。

Aa_060Aa_058反対側の塩尻側は雲 が多く北アルプスは見えない。展望台は風が通りぬけていて寒く感じるほど。

昼には少し早かったので峠を下る。

Aa_063Aa_074 茶屋跡、東山一里塚と過ぎ送電線をくぐりぬけた先で昼食にした。

昼食後、20号線をくぐり、下っていく。

長野自動車道を橋で渡る。みどり湖のPAが見える。ハイウェイバス利用者の駐車場が手前にあった。

Aa_078 Aa_077 柿沢の集落に来ると、首塚の看板があった。矢印に従って寄り道して見にいく。武田方と小笠原の戦いの後、武田軍に寄って放置された小笠原方の遺体を地元の方が弔ったと書いてあった。

3 小坂田の池を気にしながら右手ばかり見ていたら、中山道をはずれたらしい。ちょうどとおりかかった近所の男性と話しをしていてわかった。

親切な方で、この先の五千石街道の入り口等、詳しく教えていただいた。

しかし、右手に大きなお寺が見えたのでそちらに寄ってみた。

Aa_082 Aa_081 Aa_085 立派な山門がある。

153号線に合流して右にすぐ、塩尻宿の碑があった。

その先左手から三州街道の分岐点がある。地図を眺めていた時、塩尻駅から離れているこのあたりが「塩尻町」という地名Aa_087 になっているのはなぜなのかと思っていた。こちらが塩尻だったのだ。

Aa_109 その先に右側に五千石街道の碑がある。ここを右に曲がり街道をすすむ。

南熊井の城址を見て、長野自動車道をくぐったあたりで電車の時間を確認したら、どうも村井までは行けそうもない。

4 Aa_123 五千石に入る前に広丘駅に向けて最短のコースで急いだ。長野道の横を通り左にくぐる。

細いながら田川は北へ流れている。日本海へと・・。実感した。ここは北日本なのだ。

Aa_125 畑があるところを通る。レタスが植え付けられている。少しずつ時期をずらしてあるようだ。

予定の電車にはどうも乗れないようだ。広丘駅はちょっと変わった新しい駅舎。二階が駅で、下に降りるとホームになる。

Aa_126 岡谷で乗り換えて、川岸駅へと戻った。

今日の参加者は ujiharaさん、 shinjiさん、 totigiさん。

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2008年8月 3日 (日)

北へ、(15)日本の中心を行く、辰野~小野峠~岡谷

2008年7月27日(日) 晴れ後雨 長野県 36500歩 2.5万図 宮木 辰野 北小野 諏訪

1Aa_001 暑い日が続く中、なるべく日陰を歩くように山道を歩くコースを選択して、出かけた。

前回の到達地点、羽場駅前に車を停め歩き出す。

Aa_004 天竜川を渡り、山の上なのに(たつの海)という地名が気になっていたのでここを目指して荒神山に上る。
日陰に入ると涼しい。

左手に温泉スタンドがあった。たつの海はやはり溜池のようAa_011 Aa_014 Aa_016 だ。瘤ハクチョウがいた。看板によれば皇居にいたのをゆずりうけたそうだ。平成生まれの子はこうちゃん、しんちゃんだから、荒神山から取ったのかもしれない。

Aa_021 たつの海の説明はそのへんには見あたらなかった。

山を下って、天竜川沿いに歩き辰野の町はずれに来た。対岸にはあのマークは?確か、コニカミノルタでは。やはりそうだった。

2伊那谷は精密機械工場が多い。同行のkumaさんによれば最初は洗浄にきれいな水が豊富にあったからとか。

あっ、今日はkumaさん、 shinjiさんとの三人連れである。

Aa_023 Aa_028再び天竜川を渡り、飯田線の踏み切りを渡り大城山を目指す。

今日は、このあと山に入り、水場がないので飲みかけのペットボトルの水を飲みきり、給食会社前のAa_039 Aa_042 自動販売機でお茶を補充する。

見晴らしがいいお墓のところを過ぎて左にカーブすると日陰に入る。点線道の入り口がみつかるか、気をつけて行くとおっ山道が。私は見落としたが草に隠れるようにあった看板を、kumaさんがほぼ同時に見つけた。

Aa_051 道は意外に広く整備されている。中ほどで、上から降りてくる家族らしい三人に会った。以後、今回もずっと人に会わなかった。

山頂は南側が切り払われて芝生がある平らなところ。

Aa_048 南側には辰野の町が見下ろせる。吹流しが二箇所に立っている。ハングライダーをするのかもしれない。

ここで昼食。いったんここから下り林道のゲートから右に入る。

Aa_053 左手に二階建ての荒れた建物がある。辰野町の宿泊施設のようだ。すでに使われなくなっているようだ。

尾根の右側の巻くようにほぼ水平に進む。赤松が多く、入山禁止の札がいたるところに見られる。林道に出る少し手前に(一杯水(いっぺいみAa_056 ず))がある。看板はあるのだが、水はどこ?と探すと、右手下にあった!

Aa_055 これは・・・。今は少ないだけなのか?

Aa_059 山道が終わり、左手下からくる林道がターンして上に道をとる。

この先に左に林道を少し進んだ右手上に「日本中心の標」がある。どういAa_065 う理由で中心なのかは説明はない。石に刻んだ標高からすると、場所が違うような気がする。少し手前にあった右手のピークが1277メートルだろう。

日本中心で異議を叫ばなかったが、日が当たって暑い。

3先へ進む。

Aa_075 Aa_072かなり虫が多く、顔のまわりをうるさくついてくる。時折、雷の音がする

小野峠手前に展望台があった。上ってみると諏訪湖が見えた。まだ遠い。

尾根を進むと左に下って、舗装道路に出た。右に少し進むと旧中山道の小野峠の入り口。

峠は林道の一部のようにも見える。

Aa_082

ここは辰野、塩尻、岡谷の境界点でもあるようだ。

峠を向こう側、岡谷に下りだす。すぐに林道が二手に分かれる。左のほうが道が広く見えた。こちらに進む。しかし、何かおかしい?

Aa_081 ずっと尾根のすぐ下を北に進んでいるように思える。下から軽トラックが上がってきてすれちがう。

もうしばらく進んで、次第に不安になってきた。この道が手持ちの地図に載っていないのだ。

4戻ってきた軽トラックの方に尋ねてみた。どんどん下っていけば岡谷に出るのは確かなようだ。

雨が降り出した。傘をさして歩く。かなり強い降りなのだが木の下は勢いAa_085 が弱められる。途中の畑に出たあたりでやっとわかった。左に進みカーブを曲がれば、中央高速の岡谷ジャンクションから長野道がトンネルに入る上に出るようだ。

やはりそうだった。

Aa_086 駅はもう近いのだが、電車の時間を確認するとほとんどギリギリだ。

あれっ?せっかく天竜川の始まる諏訪湖の水門を見ようと思っていたのだが。
めざせ、日本海は今までほぼ天竜川の流域をさかのぼってきた。

ならば、ここで一区切りをつけるためにも諏訪湖にある水源を見ようと、計画を立てた。

Aa_087しかし、またも時間が足りなかった。岡谷駅に着いたのは電車が出る5分前。やむなく、そのまま電車に乗った。

水源はまたの機会に・・・!

 

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2008年6月30日 (月)

北へ(14)梅雨の合間に、箕輪町から辰野町へ

2008年6月28日(土) 曇り 長野県 34000歩 2.5万図 伊那 宮木

久しぶりの歩きだった。3回、雨天のため延期、または中止の連続。今月は唯一の歩きになった。
1前回の伊那市からスタートするのだが、最後の春日城址が雨の中急ぎで見たのでもう一度春日城址をよく見たかったのでここからスタートした。
Aa_001春日公園と春日神社の間の駐車場に車を停めた。

今日はいい天気。

あまり晴れもせず、薄曇りでそんなに暑くない。

Aa_005 春日城址を見てから春日神社の中を抜けていく。

桜の木が多い。高遠が有名だが、ここもさぞかしきれいだろうと思う。一度桜の季節にも来てみたいものだ。

Aa_024Aa_019 Aa_018 今日のメンバーはujiharaさん、 nakamuraさん、 totigiさんの四人。ガソリン高騰のおりから4人くらいは参加しないと苦しい。

山寺上村の白山神社には天然記念物のケヤキがあった。

ちょうど近所のご婦人が通りかかり春の桜が咲く下でのやきもち踊りは楽しい踊りだと伺った。

Aa_027 Aa_030 2Aa_039Aa_043153号線の西の裏通りを進む。南箕輪村に入った。

役場の手前には殿村八幡神社があった。

箕輪町の木下にあるという箕輪城址を探した。たぶん、墓地の廻りが土塁と堀があってここが城址だろうと思うのだが、アプローチの方向を間違えたためか看板を見つけられず帰宅後やはりここが城址だと確認した。 3

Aa_056 松島の箕輪町役場の周辺は松島城址だというのだが、墓石と看板があるだけ。

 

Aa_059   役場を過ぎて、北に進むとエプソンの工場にぶつかる。左手に廻りこんで

進む。

川を渡って一旦153号線に出る。そこの道路の九項側が大出城址だった。4

Aa_061 Aa_064 草が伸びていて道が隠されていたが、丘の上に上ってみた東側は下に天竜川が見える。

中央道をくぐってさらに北へ進む。

伊那インターの取り付け道路をトンネルで横切り、羽場駅の西を通過。

5Aa_072 Aa_079 羽場城址があるという手長神社へと向かう。

飯田線の踏み切りを渡った向こう側が羽場城址だった。

神社両側は高い土塁になっている。土塁の外は深い堀。北側は天竜川。

Aa_081 Aa_082 Aa_089 ここで本日の歩きは終わりにした。

羽場駅に戻って飯田線で伊那市にもどる。15:13発。

Aa_093羽場は辰野町であった。

Aa_094 お疲れさまでした。



 

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2008年6月 8日 (日)

北へ、(13)宮田から物見や城、伊那市へ

2008年5月31日(土) 曇りのち雨 長野県 35500歩 2.5万図 伊那

12 3 予報はあまりよくなかった。それでもとりあえず行って雨ならまた考えるということで出発した。

参加者はujiharaさん、 totigiさん、 yamadaさん、 iioさんと五人。

Aa_003 Aa_005 前回の到達地、宮田駅前は区画割りしてあり有料の駐車場になっている。

駅の北側にある踏み切り近くの道路が広いところに停めた。
田植えが終わった田んぼの中の道をほぼ北にまっすぐに行Aa_013 Aa_015 く。

諏訪形で中央高速をまたぐ橋を渡る。

橋を渡ったところに猪垣跡という看板があった。目的地の物Aa_017 Aa_019 見や城からはちょっとそれるが見にいく。ujiharaさんが言うには城址を猪垣ということもあるという。これはひょっとして城址かと思ったのだが、違った。

猪など野生動物を防ぐ垣だった。

Aa_030 先ほどの道に戻り、物見や城をめざして林道を行く。山頂から北東に伸びる尾根上のほぼ中間に出てから、点線道を登ろうと考えた。

林道は点線道の出る手前で終わり、その先は下草が茂り雨が降った後の露をたっぷり含んでいる。尾根上の道に出て、左に登る。

Aa_032 道はあるのだが、潅木が茂り倒木で行く手をさえぎられたりで歩きにくい。ほとんど全身濡れ手しまった。山頂は近いと思われたが道は右に巻いていく。道なりに進むと林道に出た。

山頂北側の鞍部のすぐ下だった。左に進み行く手左に上がる山道を登る。Aa_034 Aa_036 雨も降ってきた。じきに山頂に着いた。初めて看板があった。途中、一度も標識がなかった。

南側がややひらけて見えるところもあるが平らな1122メートル三角点のそばに物見や城の標柱が建つ。

先ほどの林道に戻り、林道を下る。

Aa_043 Aa_044 雨はやまない。下った先にカートのコースがあった。

中央高速を橋で渡り、下っていくと広域農道のわきに、かんてんパパホールがあった。敷地内の隅にある大型のパラソルの下で昼食にする。すっかり雨に濡れて寒い。

Aa_046 Aa_048 ここは広域農道をはさんでかんてんパパガーデンもある。伊那食品の施設。

物見や城が意外に時間がかかり、また電車の時間が心配になってきた。
早々にここも出発。

Aa_052 城(じょう)という地名にあるという城址を探したが、ここはわからなかった。
ujiharaさんの城仲間の方からいただいたという地図を見たのだが、印を付けてくれた丸の範囲が大きくて場所を特定できない。時間もあまりないのでここは、断念。先に進む。

Aa_061 Aa_067 小黒川を渡り、広域農道を進む。文化会館の角から右に曲がり、坂道を下る。途中から右手の上に上るとそこが春日城址だった。

堀が深い。赤い橋を渡ると本丸跡。

Aa_071 Aa_073 南側からは強い傾斜になっていて伊那市の町並みが望まれる。

残念ながらのんびり散策している時間がない。

伊那市駅をめざして、坂を下る。

途中の道は伊那街道の伊那部宿だった町並みだった。

Aa_080 もう少しじっくり見たいところだった。

駅に着いたのは電車が来る10分前。前回よりはやや早かった。

皆さん、あわただしい歩きながら充実していたようだった。

お疲れサマでした。

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2008年5月 6日 (火)

北へ、(12)養命酒とソースカツ丼(飯島町、駒ヶ根市)

2008年5月3日(土) 晴れ 長野県 35600歩 2.5万図 赤穂 

1_2 昨夜は、雨が降ったようだった。雨の音を夢うつつに聞きながら眠っていた。
kumaさんがトイレに行ったのを機に私も起きた。

焚き火の廻りでコーヒーとパンの朝食。

その後、テントを撤収して出発。

Aa_002Aa_004 伊那本郷駅まで車で移動して、ここから歩き始める。ちょうど、駅に来た時に電車が止まっていた。

6.50。駅前を線路沿いに北へ向かう。東に昨日登った陣場形山が見える。
Aa_005 Aa_009 下って与田切川を渡る。

川の上流には中央アルプス。

坂を上って飯島町に入る。飯島陣屋前を通って進む。
Aa_019 Aa_021

下水のふたも飯島陣屋をデザインしたもののようだ。

広域農道を進んで中田切川を渡る。

2 Aa_031 中央高速道路の奥の中央アルプスが白い。

アルプスからの急流は田を突っ切ってしまったからか、この辺の川の名前は田切がつく川が多い。

川を左下に見ながら西に進む道は土の道だった。

Aa_034 Aa_036 前回、中川村を通った時養命酒発祥の地に偶然だが立ち寄った。今回は事前に地図を眺めていると養命酒の工場がある。ここは寄らなければならない。

山道がなくなると、工場が見えてきた。

Aa_038 これは。いいロケーションだ。

半分ほど開いていた門が我々が来たからでもあるまいが、全部開いた。
工場見学ができるそうだが、まだ9時前。

Aa_039 門を入ると案内の女性がすぐ近づいてくる。9時半から最初の工場見学なのでそれまで敷地内を散策してくださいとのこと。せっかく来たんだからお言葉どおり歩く。

この地には古代の遺跡があったそうで、縄文、弥生、平安のAa_048各時代の建物が再現されていた。

いちばん奥には400年前に養命酒を作ったと言われている創始者の像があった。

Aa_045 Aa_046 のんびり散策をしていると従業員の方が、至るところの椅子やらを濡れているのを拭いて廻っている。

そろそろ二階に受付に行こう。名前を書いた後、小さなカップで養命酒を試飲する。胃のあたりがじーんとする。Aa_056 私は下戸である。このカップでも多すぎる。でも全部いただく。

映画の後、びん詰め工程を見て廻る。工場は休みなのでラインは動いていない。

Aa_060Aa_066 Aa_064 この後、売店に立ち寄り一番小さな養命酒を全員買う。

駐車場横の沢では高山植物が咲いている。何と!クロユリ、クマガイソウまであった。

養命酒をあとに山道を光前寺に向かう。
Aa_068 敷地横の道を西に廻りこんだ後、北へ向かう。

この道は途中でわからなくなって青年海外協力隊の敷地横に出た。光前寺へ着く頃には暑くなってきた。

Aa_080 Aa_082 ここには霊犬早太郎の墓がある。浜松のとなり磐田市は早太郎が縁で駒ヶ根市と姉妹都市となっている。

さて、今日は昼食をソースカツ丼と決めていた。ここ駒ヶ根の名物である。IC方面に向かい店を探す。

Aa_091 Aa_087 看板が出ていた「明治亭」は行ってみるとすごい行列。しかもちょうどバイクが10台くらい団体で入ってきた。ここはあきらめて隣のアンデルセンというレストランに入る。

腹がふくれたら今回はあと駅にと向かう。予定では太田切3 4 までのつもりだったが、ちょっと欲張って宮田(みやだ)まで行ってみる。

途中から時間がいっぱいらしいと気がつき必死で歩いて2分前に着いた。間に合った。と、何のことはない5分ほど電車が遅れていたのだが・・・。

Aa_101 今回の二日間の参加者のみなさんは、kumaさん、 shinjiさん、 ujiharaさん。

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2008年4月12日 (土)

北へ、(11)白く連なる山~中川村を行く~

2008年4月6日(日) 長野県南部 晴れ 32600歩 2.5万図 下市田 伊那大島

1  前回の到達地点、山吹駅に向かう車中そこかしこに桜の花が見られた。

正月から始めたこの企画も春になり、冬から春へと移る季節感がいつもの年よりも鮮明に感じられる。

山吹駅から北へ上る。原城という地名が気になったのだ。

今日も山城好きのujiharaさんがいっしょなのだ。shinjiさん、 iioさんと四人。

Aa11_001 Aa11_004 上りきったところに原城の看板があった。やはりここが城址だったのだ。ちょうど樹木の手入れをしていた方にujiharaさんが声をかけたら、作業を中断して説明してくれた。

いつもながら親切な方に不思議とめぐりあう。

ここの地主の方なのだが、梨の木を植えたのも城址を保存するには果樹を植えるのがいいとの木村先生という方にすすAa11_014 められてのことのようだ。ここが二の丸だという。

梨の木にテープが巻いてあるのだが、なぜなのかを尋ねると道路拡張のため伐られてしまうらしい。

Aa11_010 梨畑の向こうに中央アルプスが見える。

いろいろ教えていただいてお礼を言ってこの城址をあとにする。

名子へ向かう途中、近くの神社の祭りで獅子舞がくると待っている人たちがAa11_027 いる。信号機のところですれちがったのがこれ。

いろんな祭りがあるんだなあ。

名子の小学校の近くに城址があるらしい。道路端で立ち話をしていた地元のAa11_033 Aa11_034 おばさんに尋ねた。左手奥にある山の上だという。

少し遠回りになるのだが、行ってみた。

まっすぐの階段を登りきったところが名子城址。公園になっAa11_036 ていた。廻りの土塁と北側の堀らしいのがわずかに城址のなごりか。

北側の鉄橋を渡って道路から元のルートにもどる。

しばらく行って、また”原田のさくら”というのがどこなのかまた尋ねてみAa11_045た。左 手に少し行ったところに老木があるという。すぐ近くだというのでこれも見に行く。

ちょっと早いかなというつぼみながら桜の向こうに中央アルプスが見える。

Aa11_050 Aa11_058 また元の道に戻り、下って片桐松川を渡る。

大栢(おおがや)の神社で休憩した後、飯田線の踏み切りを渡って瑞応寺近くの船山城址を探す。

Aa11_061 Aa11_066 お寺の東の果樹畑のあたりが船山城址だった。

しかしほとんど痕跡がない。東にちょっとした山がありそこが出丸跡だった。

2 Aa11_080 出丸横から東に下る山道があり、この道を下って153号線のほうに向かう。

中田島を通過して153号線を横切り、その先の天竜川を東岸に渡る。

Aa11_082 中央アルプスがますますよく見えるようになった。

中川村役場あたりに大草城址があるとか。

天竜川を見下ろし中央アルプスを眺めながら、昼食にする。すぐ下に松のAa11_090 Aa11_087 大木があり、ちょうど車で通りかかった茨城のご夫婦が巨木を訪ねて廻っているそうでここに木をいっしょに見てきた。

常泉寺を右に見ながら左に折れていくと、大草城址公園Aa11_100 Aa11_103 があった。ソメイヨシノはまだつぼみだったが、見事な枝垂れ桜が一本。

山の上にはエドヒガン桜が満開になっていた。

Aa11_101 折りしも桜まつりの最中だった。

Aa11_123中川村中心部を抜けて下っていくと、養命酒発祥の地の看板がある。

Aa11_121その先の蔵のような建物一帯が養命酒の工場だった。

3 Aa11_139 飯沼で再び天竜川を渡り返して、伊那本郷の駅から電車で山吹駅に戻った。

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2008年3月30日 (日)

北へ、(10)元善光寺から高森町へ

2008年3月23日(日) 長野県南部 晴れ 37900歩 2.5万図 飯田 下市田

1 飯田市民病院の駐車場に車をおいて歩きはじめる。

坂をくだって鼎駅方面に適当に歩いていく。

今日は最初参加者がいなくて最悪ujiharaさんと二人かと思っていたら間際になって6人という久しぶりの大人数になった。

Aa_114Aa_002 nakamuraさん、 itouさん、 yamadaさん、 totigiさん。

鼎駅に着いて、やっと前回の続きを歩きだす。

松川を渡って最初は元善光寺を目指す。飯田市から高森町Aa_004 にかけては天竜川より高い段丘状の台地を横切る形で支流が深く流れている地形が多い。

この松川も飯田線鼎駅あたりの北側に流れている。

Aa_011 Aa_010 段丘のすそにある道を選んでルート設定した。これがよかった。右に153号線に沿って町並みが見える。左は山の斜面。

このあたりの道は旧道だったのかもしれない。

Aa_013 馬頭観音が多い。

最初の目的地、元善光寺の前に踏み切りを渡って麻績神社に寄った。

Aa_018Aa_041 nakamuraさんが昨年来た時桜が見事だったそうだ。

今日は桜はまだ早かった。

神社の横には長野県宝の麻績学校の校舎があった。

Aa_030Aa_031ちょうど、そうじをして いた方が、ここの案内をしてくれた。入り口の戸を開けて熱心に説明をしてくれた。

境内に書いてあった城址の説明を見てちょっと寄っていくことになった。神社の右から坂道を登っていくと座光寺南本城Aa_051 だった。

下りは別ルートで沢ぞいに降りると、元善光寺の裏から境内に入った。

ここはさすがに観光客が多い。

Aa_055 お参りした後、今度はしっかり表から道路に出て、先に進む。

2

南大島川を渡った後、左に折れる。
この上の段丘、新井のあたりに城址があるはずなのだが。
この時には城址の名前もまだ知らなかった。

上の台地に登って民家で尋ねてみた。
Aa_068 Aa_074 やはりここの台地の先っぽにあるようだ。
お寺が見えてきてそこがもう堀の址だった。

ここは松岡城址だった。台地の先までいくとそこにはすばらしい展望が開けていた。
Aa_075 天竜川が左から右に横切り、対岸の奥には伊那山地。

左手奥には南アルプスが見える。
景色を眺めながら、昼食にする。

3 昼食後、台城公園をめざす。

予定外の麻績神社、座光寺本城を見たりしたのでちょっと遅れぎみか。

しかしまたこれもいい。
飯田線にまた近づき、山吹駅のそばを通る。
Aa_093
台城公園は153号線を横切って登っていく。

ここも台地の先が城址だった。
大島城址という。
Aa_097 Aa_105
一部、マレットゴルフ場になっている。
かなり広い。

ここで時間を見ると、伊那大島まで行くのは無理だ。
Aa_107 山吹駅に引き返すことにした。

電車まで15分ほど余裕があった。

今回のコースはかなり歩いたのだが、それでも予定より少し短くなった。
まあ、予定はあってないようなものだが。
お城好きのujiharaさんのために計画したようなコースだった。
なかでも松岡城址がいちばん雰囲気が良かった気がする。


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2008年3月15日 (土)

北へ、(9)目指せ日本海、鼎(かなえ)たまえ(飯田市)

2008年3月9日(日) 長野県南部 晴れ 32400歩 2.5万図 飯田 時又

1この目指せ、日本海、特に決まったルートがあるわけではない。

前回到達したあたりの地図を2~3日眺めていると、なんとなく気になるところが見えてくる。その地点をつないでいくとほぼコースが決まってくる。

Aa_002 そしてその気になる地点を検索して細かいことを調べる。

今回、気になったのは小笠原家書院と城山。

とにかくここは寄っていこう。

Aa_004 そんなわけで、天竜峡の有料駐車場(一日500円)に車をおいて歩きはじめる。天竜川を渡り151号線を横切っていく。

その手前で工事が行われていた。あとで調べると三遠南信道の天竜峡IC周辺の工事らしい。3/30日に記念のイベントがある。(この時はまだ知らないでいた。)

Aa_007 伊豆木へと越える峠にはマレットゴルフのコースがあったが、あまり使われていないようで荒れていた。長野県にはマレットゴルフのコースが多い。

書院がちょっと迷った。

Aa_013 Aa_014 お寺の敷地内かと思っていたが違う。駐車場にあった看板を見ると少し戻った角を西に進むのが正解。

橋を渡って登っていく。

Aa_017 Aa_016 おーっ、なんかお城みたいだなあ。

看板を見ると400年ほど前に造られたものらしい。

書院の北側には資料館もあったのだが、係りの人がどこかAa_022 に行ったのか出てこない。中に入るのはあきらめて戻る。

この書院の下を通り、城山をめざす。

登っていく道脇はきれいな棚田になっている。

Aa_031 Aa_039 上りきって平らになってきたら東のほうに南アルプスが見えてきた。甲斐駒、仙丈、北岳とほとんどの山が見える。

なかでも塩見岳が特徴的な丸いピークをみせていた。

Aa_051 水晶山を左に見送り、大須からは左手下に伊那谷道中が見えた。

太鼓店があるところから城山に上っていく。

城山の看板もある。

Aa_058 途中から山道に入る。

この山道の途中にはマレットゴルフのホールがあった。上から降りてきてまた登りかえすコースのようだ。

Aa_073 Aa_072 山頂はすばらしい景色だった。説明板によるとここは久米ケ城址だという。

ここも小笠原氏の系統だった。

Aa_066 西方下には三遠南信道の山本ICが見える。かなたに見えるのは恵那山らしい。

そして東には南アルプス。ここからはさきほど見えなかった聖(ひじり)岳まで全部の3000メートル峰が見える。

ここまで意外に時間がかかっていて12時過ぎ。昼食にする。

nakamuraさんが久しぶりに景色がいいところで昼食だなあという。南アルプスを眺めながら・・。

Aa_077 東に山道を下る。さすがにこちら側は雪が残っていた。

最初、元善光寺までの予定であったがなんかこれは無理らしいと思いだした。なるべく直線的にルートを変更する。

Aa_083 2 温泉記号があったのは久米川温泉だった。

運動公園をすぎてから裏道を行く。

Aa_086このへんは畑が多く、りんごと市田柿と梨が見られる。

というより、人がいるたびにこの木はなんですかと尋ねまくったのだ。


Aa_112 Aa_119

鈴岡城址から松尾城址へは、竜西一貫水路の上につけられた橋を渡る。

橋の下は毛賀沢川。

Aa_123 3 どちらの城も公園になっている。もっとゆっくり見たかったのだが、あせって先へ先へと進む。松尾城址を過ぎてからやっと今日の終了地点を決める。

鼎駅までとした。

Aa_125 駅で電車を待っている間に、おばさんが入場券を買いにきた。駅員さんが入試かね?と尋ねてスタンプを押している。合格と。

そうか、この駅の名前にかけているんだ。

Aaimg_0002 合格、かなえ(鼎)となるわけだ。

私も一枚、買いもとめた。目指せ、日本海かなえ(鼎)と。

今回の参加者はnakamuraさん、 shinjiさん。


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2008年2月27日 (水)

北へ、(8)泰阜村を行く

2008年2月23日(土) 長野県南部 曇り一時雨一時雪 32000歩 2.5万図 山田河内 時又

1 目指せ日本海。

前回、田本駅まで行った。今日はその続き。

再び水窪から飯田線に乗って田本駅に降り立った。さすがに車掌さんはよく知っている。ここが、乗降客の少ないことを・・。降り際にどちらまでと尋ねられ、天竜峡まで歩くと言うと、お気をつけて行ってくださいねと言われた。

2

Aa_009_2 待合室のノートを見ると、私が記入した後に、二人、書き込みがあった。

今日は天気予報では風が強くなり、日本海側では大雪の予報も出ている。

日が差したり、雨が降ったりしている。

Aa_014_2駅のホームの橋にある階段を上り、山道が二手に分かれたところを左に行く。右は前回歩いてきた道。

コンクリートで固められた山道を登る。右手下に、天竜川。

Aa_017 しばらく登ると、前回渡った吊り橋、竜田橋が木の間越しに見えた。

標高差150メートルほど登ると田本の集落に出る。

振り返ると左上から三つ目の左に降りていく道が田本駅へ通じるもの。

Aa_020

実は、今日の目玉というか目的は(鍬不取)の地名。これがなんだろうと思ったのと、もうひとつはせっかくほぼ天竜川沿いに歩いているのだから、天竜下りを試してみようということ。
田本から県道1号線を歩く。

Aa_028 さすがに道路はもう雪がない。ただ、道路脇の日陰にはたっぷり雪がある。

最初、雪が多いようならずっと県道1号を歩こうと思っていたが、それほどではないので、左京から林道を行くことにした。
これが、当たった。
Aa_033 Aa_039 関川林道、最初は雪がなかったが、標高が上がるにつれて雪が増えてきた。
送電線をくぐり、もどるように進むと広い舗装路に出た。

そこが泰阜村の役場前だった。
Aa_042 Aa_045 驚くことに泰阜村役場はいちばん高いところにあった。
標高約800メートル。
これは雪が積もるぞ。


3 Aa_051 さて、鍬不取(くわとらず)だ。右手の谷から降りていく。

実はここのどこかに桑の大木があるらしいのだが・・。
見下ろすそこここに見える家がなぜか、ところどころに大きな家がある。
昔日に養蚕をしていたなごりだろうか。

Aa_054 Aa_052 その桑の木がどこなのか、はっきり知らないので誰かいないかと下っていくと。
左手の家から年配の男性が出てきて道路を横切った。まだ30メートルくらいだったが、大きな声で桑の木はどこかにないかと尋ねると、「ああ、俺ん家だ、その上にある」と、言う。
と言っても見えないのだが・・。
4 もうその男性はとっとと行ってしまった。その家の前まで行ってみると、確かに・・。
桑の木はその家の敷地の中にあった。それにしても桑ってこんなに大きくなるものなのか。
そばにあった説明板によればこの家の所有だった。
鍬不取をあとにして下る。
Aa_060 一旦、県道1号線に出た。
もう12時を過ぎた。
天竜下りは冬の間は午前と午後に一回ずつ。午後は2時15分に出る。
ぎりぎりの時間だが、間に合ったら乗ることにしていた。

Aa_062Aa_073高町を通り、飯田市と泰阜村の境、米川にかかる千泰大橋を渡る。

千栄小学校手前の毛呂窪にさしかかる頃から風が強くなり、雪が降りだした。
5
Aa_075 Aa_084 りんご畑が多くなってきたら、JRさわやかウォーキングの看板があった。
この看板の方向に行ってみる。吊橋があった。

Aa_086 おっ。
上から舟が。
2時15分のらしい。
急いで、吊り橋まで下る。ちょうど舟が下を通っていった。船頭さんが二人いる。
Aa_088 Aa_090 冬の装備、透明な覆いで囲ってあった。客が4~5人乗っているようだ。
舟は流れがゆるやかなところに行くとエンジンをかけて進む。
やがて見えなくなった。
Aa_100 吊り橋を渡り、遊歩道を歩いて天竜峡駅に電車には余裕で間に合った。

さて天竜下りは今回乗りそこなったが、もう少し上流に別の天竜下りがあるらしい。
今度はそちらに乗れるかな?
今回の同行はshinjiさん。








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2008年2月11日 (月)

北へ、(7)秘境駅・田本へ(飯田線)

2008年2月9日(土) 長野県南部 曇りのち雪cloudsnow 31000歩 2.5万図 満島 山田河内

3_2目指せ日本海、いきなり長野県に入る。実は飛ばしている。県境を越える部分がたぶん雪で、MTBではちょっときびしいかというのとルートをはっきり決めかねている。

県境を越える案として、ヒョー越峠、青崩峠、分地峠の三つを考え中。

Aa_010

Aa_012そんなわけで一回とばしで今回は平岡から歩く。

天気予報は午後から雪だった。車を水窪において飯田線の電車に乗り、平岡まで行った。

Aa_016乗車した電車の30分前に着いていたのだ。もう一本前の電車を道の駅から見送った。時間がありすぎたのかshinjiさんが、水窪駅のホームにステッキを忘れた。若い車掌さんに事情を話すと連絡したら、ありました、帰りの予定電 車にまだ駅員がいるので待っていてくれるという。

Aa_019 長い大原トンネルを抜けると車窓には白いものが目立つ。

今から12年前の1996年1月6日、今日同行のujiharaさん、 nakamuraさんと水窪の池島から青崩峠を越えて平岡まで歩いた。いわば12年たってその続きを歩くことになる。

1

平岡駅は、宿泊もできるそうだ。温泉もある。

駅前には和田行きの信南交通バスが待っていた。

Aa_022 県道1号線を歩く。平岡ダムを通過。

道路わきには除雪した雪が残っている。意外に車が多い。

羽衣崎は天竜川の中間点らしい。つまり、諏訪湖までの半分来たということか。

Aa_024 Aa_034 和知野川にきたところで、勘違いして間違えた。もうひとつ北の橋を渡ってから左に入るのを、川の手前で左に入ってしまったのだ。

それもこの道は凍りついたところが多く、まっAa_040 すぐに登っAa_041ていく。

あまりにまっすぐなことと、送電線があることにおかしいなとやっと間違いに気付いた。戻りの下りは危ない。
アイゼンをつけて下る。

2 道路までもどってアイゼンをはずす。

予定の正しいルートにもどる。月ケ島へのクネクネ道を登る。両側の雪の量が増えてきた。
Aa_048 ここで雪が降ってきた。雨具を付ける。道は月ケ島の集落を過ぎると除雪がしてなくまたアイゼンをつける。

こちらの道を選んだのは、県道を歩いてもそんなに面白くないし、役場記号がある深見の池を見たかったからだ。
Aa_049 Aa_050 岳ノ山もできれば登ろうと思ったのだが、雪が多くてあきらめた。
雪は降りつづいている。
平久、小野を過ぎて下っていくと千木沢川にかかる橋を渡って阿南町の中心地らしい通りに出た。
Aa_064 深見の池の周辺を廻る形で通過する。

阿南高校前を通り、その先の県立阿南病院前で左に別れる。

Aa_073雪はぐんぐん積もっていく感じだ。
Aa_069
ここで、田本駅に行こうと思ってはいても実は行けるかどうかはっきりしていなかった。

Aa_075 実は2.5万図を見てこの駅は点線の道しかないのか、行ってみたいなと思ったが詳しいことは全然調べてなかった。不安に思いながらもそこらを歩いている人もない。

まあ、通れなかったら戻って温田(ぬくた)駅に行こうと考えながら歩いてAa_079 いた。

看板に竜田橋という文字が現れてきた。この橋はどこの橋なのか?一応地図を見ながら田本に向かっているはずだが。

Aa_080 果たして天竜川を渡る橋なのか。

やっと木の間から橋が見えた。橋に気をとられて氷りついた路面で思い切り滑って尻から着地。イタイ。

Aa_081 Aa_085 この道は橋までしか車は行けない道だった。橋は吊り橋。雪が積もっている。やはり竜田橋だった。

天竜川を渡りきって左にいく。

Aa_087 もうひとつ吊り橋を渡り、10分も歩くと右から田本からくるらしい道をあわせ、すぐにしたに線路が見えた。

こ、これは!

Aa_091 Aa_095 まさに秘境駅というべきか。

細長いホームに小さな待合室がひとつあるだけ。

時間は十分あった。待合室にあったノートの感想などを読Aa_105 んだり食事をしているうちにいつの間にか電車が来る時間になった。

しかし、雪のためか少し遅れて、こんなところで電車が普通となったら大変だなどと言っているうちに6分遅れて電車がきた。

やはり各地で雪のため交通が乱れていたと家に帰って知った。

普通なら道路を歩いただけのウォーキングだろうけど、雪が印象深い山旅に変えてくれた。

思い出に残る一日となった。

 




 

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2008年2月 3日 (日)

北へ、(5)熊から佐久間

2008年1月26日(土) 晴れ 静岡県西部 65.6キロ 2.5万図 熊 中部 秋葉山 三河本郷

1 前回は熊の入り口、引田まで歩いてきた。さてここからは西へ渋川へ東海自然歩道、東は秋葉ダムへ東海自然歩道。しかし、このどちらも以前歩いたことがある。

大地野峠を越えて東栄方面へ出ることにした。遠鉄バスは熊が終点。熊から先はバスで戻れない。従って今回はMTBで行くことにした。

Aa_0072 同行はiwazakiさん。

みちの駅(くんま水車の里)の水車は氷りついている。寒い日になった。

すぐに上り。大地野(おおちの)の集落をすぎる。

Aa_014 Aa_017 道路脇の湧き水がつららになっている。

この道ははるか昔、私が10代の頃、ホンダスーパーカブで佐久間ダムへ行こうとした時、通った道であった。当時もちろんダートの道。エンジンがオーバーヒートして途中の湧き水を手Aa_019 ですくってエンジンを冷やし、やっと上った記憶がある。

大地野隊道を抜けると下っていく。隊道北側には雪がところどころ残っている。3~4日前降った雪だろう。凍結が心配されたが道路はかわいていて問題なかった。

Aa_023 Aa_025 Aa_026 しかし、下りは余計に寒い。ここまでの上りでせっかく暖まった体がすぐに冷えてしまう。特に足と手、耳。

下りついた分岐は白倉峡が右、左が浦川方面。大きな杉は根元がくっついて横に広い。個人所有の木らしい。すぐ隣の家のが持ち主か。

Aa_028 さらに下る。飯田線の鉄橋が見えるあたりまで来てあまりの寒さに休憩。日が当たるその場所は風もない。気温はそんなに高くないと思うのに、なぜか暖かく感じた。

飯田線をくぐり、橋を渡ると天竜川の支流と飯田線を眺めながら川沿いにAa_037 佐 久間に続く道。看板は「1」の文字が・・。県道1号線?それとも町道?

さて、今回の目玉は佐久間駅の横にある佐久間図書館。浜松市に合併した佐久間町は、天竜区佐久間町。浜松市の図書館は市内22箇所。今日は佐久間図書館に寄って本を借りようと思いついた。

Aa_042佐久間ダム下流の原田橋、レールパークがある中部天竜駅を過ぎて佐久間駅。

ここにある特徴ある本をということで地域の本を受付の女性に尋ねるといとばん奥まで案内してくれた。

Aaimg_0050 佐久間町史などという分厚い本も読みたい気がしたが、あまり重くては大変だ。

そこで「飯田線各駅停車」という本を借りることにした。これから北へ行くにつれてきっと飯田線に乗る機会が増えるに違いない。

Aa_046 Aa_047 図書館をあとにして、飯田線をくぐった南側で昼食にした。

コンロで湯を沸かし、カップ麺を食べていると折りしも飯田線の下り電車(飯田方面)が通った。

Aa_055Aa_060  昼食後、帰りは天竜川沿いに下る。秋葉ダムまでは川の東岸を行く。

ダムからは白倉川沿いに西に向かい、市ノ瀬で東海自然歩道を左に見送り、そのまま舗装路を進む。最初の左にAa_064 分かれるダートの林道に入り、廻りこんで上るとさきほど分かれた東海自然歩道が左から合流する。

その先で左から舗装路を合わせ、石打に出る。

Aa_066 ここに古い道標があった。ここで上りはひとまず終わる。
東海自然歩道は以後、舗装路を進むのだが途中でこの先道路崩壊があるという看板があったので左に下り、横山からの道路に出る。

この道も最後にきてきつい。上りきってトンネルを抜けると、あとは下り。

Aa_068

67右から東海自然歩道が合流し、少し行くとこの道路から左に別れて下っていく。

熊の町並みのみちの駅のすぐそばに出てくる。
Aa_072
最後にもう少し左に行き、前回の到達地点に最後にもどって今回の予定は終了した。

Aa_071


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2008年1月22日 (火)

北へ、(4)観音山から、大栗安、熊へ

2008年1月19日(土) 晴れ 静岡県西部 38900歩 2.5万図 二俣 熊 秋葉山 伊平

1

前回の最終到達地点、青谷のバス停から歩き始める。今日はnakamuraさんと二人。

熊への県道を行く。

Aa_004 Aa_005 両島で阿多古川を渡らず、手前の道を左に曲がって南側の道を進む。こちらは車もほとんど通らずのんびり歩ける。

民家はあるのだが、空き家が多い。

Aa_008 竹炭を焼いていたらしい窯があったのだが、もうやっていないようにみえた。

三方原用水が通っている上野(かみの)ふれあいの森をすぎると、右手に女滝入り口の看板があり、山道があった。せっかくだから寄り道する。

Aa_012 いったん下り、左にカーブしてもう一本道が左から降りてきていた。

その先に滝があった。

これは!

Aa_019 なかなか美しい滝だった。

滝からもどって先ほどの道路に出る。

堀谷から下ってくる道に出て左に折れ、すぐに右に曲がる。

今日は深田戸(ふかんど)から観音山へ行きたかった。

Aa_029 深田戸には犬を飼っている家があった。その奥にも一軒あったが無人か?

最奥の家の手前を左に入っていく。林道で、また分岐。右へ進むも道がなくなった。さきほどの分岐までもどり、左に行く。この林道も行き止まり。

Aa_033 Aa_034 また、やぶこぎで奥へ進む。右上に林道らしく見えた。林道に出る。これがどこの林道なのか?もちろん地図にはない。まだ稜線に出ていないのだから左に行けばいいのか。左に進む。しかしいっこうに尾根に出ないまま次第にくだっていく。
Aa_038 Aa_039 右手の山に上ってみる。尾根をピークまで登ったら・・・・?
あれーっ!なんか見たことあるような。
そうだ、去年歩いた旧浜北市最高点ではないか。さらに尾根を進んでみれば、やはり三角点があった。間違いなAa_044 い。
もう少しいけば左の林道に出る。右下には先ほど歩いた林道。結局この尾根の両側に林道が通っているんだ。林道に降り立ち、北へ進む。正面に観音山が見えてきた。清水方面と引佐方面分かれるところをまっすぐに

2

山道を登る。ここは、旧天竜市と引佐町の境界になっていた。
Aa_049 Aa_054 急な道でまっすぐに上っていく。
登りついた山頂からは南に木の間から、アクトタワー、その向こうに光るのは太平洋。
めざせ日本海といいながら、まだ見えるのは太平洋か。やれやれ・・・?
Aa_064 山頂から北へ下る。林道を突っ切り平松から阿多古川を渡って、長沢から大栗安のを目指す。
今回の目的は観音山と棚田。今は何もないだろうけど、せっかくだから見ていきたい。お寺の裏の道を上っていく。

Aa_071 途中、別荘が並ぶところがあった。近所の畑にいたおばさんに話を聞くと最初のうちは人が来ていたようだが最近ではあまり見かけないそうだ。あこがれの別荘もなかなか住むには大変なようだ。

3

Aa_081 Aa_084 峠をこえながら本村に来た。
日本棚田百選に選ばれたそうだ。

ここは標高で450メートルある。

それでもまだ東に神明山があり、そちらから沢水が流れて棚田に流れこんでいるのだろう。

Aa_088Aa_093 熊からはバスに乗らなければならない。あとは下るだけ。最終バスは5時半だが、急いで歩き4次にバス停の前に出た。
4時13分のバスに間に合った。
ここは引田(ひんだ)。
Aa_092 バス停の前にあった道標によれば二俣への旧道と新道の分岐らしい。
ということは、我々が歩いてきたのは旧道だったのだ。

さて、熊からはどちらに行こうかな?


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2008年1月 8日 (火)

北へ、(3)-宮口から青谷

2008年1月5日(土) 晴れ 静岡県西部 18500歩 2.5万図 笠井 二俣

1 昨日に続いての二日連続。

Aa_001 Aa_005宮口のあらたまの湯入り口の池の空き地に車をおいて、歩きだす。少し戻って中学校の前を東に向かう。

神社のところから左に曲がって、北へ行こう2としたら、あらら、道路工事で通行止め。

これでは行けない。工事の人もいる。これは362号線のバイパスを作る工事らしい。

Aa_011 引き返して西之谷への道を北へ向かう。池の横を通り、第二東名の下をくぐる。

森林公園第七駐車場の先へ進む。公園の中を通過する。

Aa_018 Aa_019 第五駐車場のところから公園を出る。

右に行くとバードピアから来る道に突き当たる。

Aa_024左に曲がるのだが、正面の山の中に三角点があるよう だ。

Aa_029 Aa_033 ちょっと見てくる。

いのししよけの電線が周囲にはりめぐらしてある。すぐ向こうはゴルフ場なのだ。

Aa_035 北へ向かう。堀谷を通っていこうかとも思ったが、以前歩いたことがあるのでその手前で右に折れる。途中、昨日見た三方原用水があった。

ここは揚水場らしい。台地は高いから上げなくては流れていかないんだろうな。実は私の実家のすぐ横を用水が通っている。30年ほど前掘り下げられたAa_038 用水に家の出口から木の橋がかけてあった。その上を親父がバイクで渡ろうとして鎖骨を骨折した。今は昔である。

長石に出る。道はまっすぐなのだが、集落へは左に曲がる。あたご川まで長Aa_059 いし遠回りなのでここから点線道で青谷へ出ようと思った。

青い壁の家の横から道が見えた。犬がうるさいので急いで山に入る。すぐにふたつに別れていたのだが、左の道をとる。

Aa_041 Aa_042 次第に道があやしくなり、やぶこぎになった。

それでも赤いテープが巻いてある。とにかく上に行けば稜線に出るだろう。

Aa_049 ほどなく稜線。右に進む。地図の点線道が越えるところまで行こう。右から道が合わさってきた。これが先ほど右に分かれた道だろう。

林道であがってくる道とあう地点は草におおわれている。

Aa_051 Aa_056 青谷側も道もあやしいので峠から正規ルートをもどることにした。

下るにつれて道は荒れてはいるが、昔はよく整備されていたような雰囲気がある。

なかなかおもしろい道だった。下の道路にでて左に行くと近所のおばさんがいたので、お 話を伺った。昔は子どもたちが峠を越えて阿多古の小学校に通ったのだという。私は歩いたことはないがと付け加えた。きっとほかから嫁に来たんだろう。

一度お礼を言って行こうとしたが、地名を聞いてないのに気がついてもどってまた聞いた。

Aa_060ここの地名、長石(ながし)というのだそうだ。

少し先から左手に見える鉄塔の左のちょっとへこんだあたりが峠なのか。

熊天竜線の道路に出た。道路を行く。

Aa_075 ここでまた気まぐれの虫が・・・。

緑恵台の北側へと越える道を登ってみた。地図では上りきったところから点線道が天竜川に向かって下っているはずが、代わりに舗装道路が下っていく。そのまま下るとこれがくせもの。天竜川側に下ったものと思いこんでいたところにバス停がある。

えっ、ここは何処?完全に現在地を勘違いしていた。曲がりくねった道はいつのまにかもとの熊天竜線に戻っていた。

ちょうど10分後に来たバスで西鹿島に出て、天浜線で宮口にもどった。

 

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2008年1月 7日 (月)

北へ、(2)-西ケ崎から宮口へ

2008年1月4日(金) 晴れ 静岡県西部 22400歩 2.5万図 笠井 気賀

2

Aa_002なんの変哲もないところを歩いている。西ケ崎郵便局の交差点を北へ向かっている。



1_2

まっすぐ行くと浜北警察署の横を通る。西部地方の方はおなじみの運転免許センターのあるところだ。
Aa_008その手前には、こまつ保育園。
複雑に交差している道なのだが、ほぼ北へ向かうと馬込川。
橋を渡ると浜名小学校がある。

ここは、以前馬込川の堤防を遡って歩いたとき、通ったところAa_011 だ。今日は横切っていく。

小学校西の道を北へ行く。

途中、神社マークがあったので寄り道する。
Aa_015 Aa_020 Aa_021 そうだ。
今日はちゃんと地図を持っているのだ。
持っているからといって予定らしきものはない。

この神社は地元のちいさな神社だった。その横に協立十全病院があった。

そういえば、ここは浜北区。旧浜北市だ。警察署のちょっと南で浜北区になったらしい。

Aa_024 また、さきほどの道に復帰。北へ向かう。家が少なくなると山が見えてきた。
竜頭山、その右奥に白く見えるのは南アルプスか。

正面のこんもりとした森にある、神社前を通ってみる。
八幡さまだった。

Aa_026 国道152号を横切り、浜北西高の北側をななめにいく。
このへんからやや西にそれる。
実は宮口の西、三方原台地のへりにある、ジャスト100メートルの三角点が以前から気になっていた。
ジャスト100。今日はちょっと覗いてこよう。
Aa_047 土取の362号線の横にある金比羅神社の北から左に入り、坂道を登っていく。
正面に三方原用水が道路をまたいでいる。
Aa_053
この上で右に曲がる。用水にむかっていく道があったので
そちらへ入ってみる。このあたりと見当をつけて左手の山に入ってみた。

Aa_055 Aa_057 ここらだと思うのだが、三角点は見当たらず。

ちょうどそこのあたりに木が植わっている。うーーん。
まさかなあ。

西に行くとここはみかん畑。
あやしまれないように、急いで道路に出る。
Aa_061 Aa_063 東に廻り、天浜線の線路がトンネルに入るところを見ようと思ったが、山中で線路が見えただけ。

さて、ここらで今日は切り上げないと帰れない。
宮口駅に向かうのだが、運動公園あたりから道が曲がりAa_067 くねっていて線路を渡ったりしているうちに、一時間に一本の電車の時間が次第に迫ってきた。

なんとかここを通り抜け、駅西の踏み切りまで来たら、あれっ、電車の音が・・・。
あと5分くらいの差で乗りおくれた。
しかたないので、南東に向かって歩き西鹿島線芝本駅から赤電で西ケ崎にもどった。


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2008年1月 3日 (木)

北へ~目指せ日本海~

2008年1月2日(水) 自宅~西ケ崎 14300歩 2.5万図 磐田 笠井

2 いつもの朝のウォーキングのつもりだった。北へ向かって歩いていた。国道一号線バイパスから反れて、東海道線を跨線橋で越えるころ天竜川駅を上から眺めながら、このままどんどん行けばいつかは日本海までたどりつく。それが、2008年の思いつきかもしれないがとにかく今日はこのまま歩いてみよう。

98天王町の大歳神社でお参りした。いつか日本海に着きますように・・・。

この神社は大きい。夏の花火は有名だ。神

職も三人ほど見えた。

4_2

神社を過ぎてからまたひとつ思いついた。

あみだ式に道を選ぼう。北へ進む道が途切れてT字路に出たら左右を見て近いほうの北へ行く道を進むのだ。そしてさらに北へ。2_2

東名高速道路のガードをくぐり、ふと 見ると不動産の看板が。

あれ、これは以前ごいっしょいたことがあるTさん?

3うん、そうにちがいない。ご自宅の横を通りさrにj北へ。

勤務先の取引先の工場がこんなところにあった。

6 遠州鉄道西鹿島線の線路につきあたった。

5 踏み切りを渡り二俣街道を少し行き、またあみだで曲がる。

細い道を右に左に」曲がりながら行くと、ふだんよく車で通る道に出た。

4 西ケ崎郵便局だった。ここでとりあえず今日のウォーキングは終了しよう。

電車、バスと乗り継いで自宅にもどる。

 

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