2007年6月16日(土)晴れ 愛知県 33900歩 2.5万図 海老 田口
久しぶりに歩いてきた。
清崎から田口までの旧田口線の鉄道廃線あとをたどり、帰りは旧伊那街道を歩いてきた。なお、(はるなつあきふゆ業書、街道を歩く)を参考にした。
清崎の」サークルKの道路反対側の空き地に車を停めた。
歩きだしてすぐ、道路わきの草を刈っていた男性に話かけたらいろいろと

田口線の昔話を聞かせていただいた。
清崎に材木屋さんがあり、息子さんが東京に荷物を送り、東京でお父さんが受け取り、三河材の家が東京で建てられていた話、手を振ると電車が待っていてくれた等の話を面白く伺った。
いつも257号線で通過する時に、清崎の信号のすぐ先の細い道が気になってい
た。
これが今回歩いた廃線跡の道の入り口だった。
豊川に沿って続く舗装された道は狭く、車一台がやっと通れるくらいの
道。しかし、川沿いで木陰が多く川を渡ってくる風は涼しい。
5箇所ほどあるトンネルは、さらに涼しい。
同行の皆さんには懐中電灯必携と案内したのに、当の私はみごとに忘れた。
それでも車がほとんど通らないので、なんとか・・。
ところどころ車を停めて、川を見ている人がいる。話を聞いてみると明日あゆに解禁なので釣るポイントの下見をしているのだという。
下流に唯一、田が見えた。帰りにこの田が対岸の道から見えた。行く時はこの対岸を通ると気付いていなくて。
途中、明日にそなえてテントで泊まりこみの一組もいた。
広い空き地に出ると向こうに建物が見える。
これが、田口駅舎だった。このまま朽ち果てるのを待つと
いう感じだろう。
少し先に設楽ダム調査事務所の気象観測所があった。
えっ、ここにダムができるの!
正直いって全然知らなかった。同行のsinjiさんはご存知だったようで、ネットで探したと言っていた。この後訪れた奥三河郷土館には、国土交通省の立体模型が展示してあった。
さらに上流に向かって川沿いに歩く。東海自然歩道が合流し、離れてい
く。
257号線の設楽大橋の下をくぐる。この途中にも道路わきの杉の木にテープが巻いてある。

怒田から小松を通り、田口に向かう。
怒田の手前に標高表示があった。
この表示のちょっと上のお宅の前でちょうど人がいたのでお話を伺った。ダムといってももう30年も前から計画があったらしい。
上手く反対してきたからという。
これはいつできるのかわからないのか?

田口の町に入り、丘の上にある郷土
資料館と
石仏公苑を見てきた。郷土館の前には電車の車両が置いてある。石仏公苑に行く時、右側の茂みからノウサギが出てきて道案内するかのように指導標の上に上っていった。
屋上から見る山並みが美しい。
関谷酒造に立ち寄り、試飲したのだが買ったのは一人だけ。
ここから旧伊那街道を行く。
途中、道路わきの小さな池にミリアオガエルの卵があった。地元の方がちょうど見にきていて教えていただいた。
山道に入ると、石畳が残っている。
一度、鉄の橋を渡って対岸から上ると257号に出てしまった。
どうも違うなあ。まだこの先、沢沿いに行って豊川のすぐそばまで行ってから対岸に渡るはずなんだが。(2.5万図によれば)
というとこで、もういちど山道にもどり下っていく。
橋がないところを沢を渡り、左手に行くと川が見えた。
対岸に朝歩いていった道が見える。
川沿いに進み、やがて257号線に出るとあと20分ほどで車を停めた清崎だった。
nakamuraさんの希望で大代の千枚田を見て帰ってきた。
今回の参加者は、kumagaiくん、nakamuraさん、sinjiさん。
梅雨入りしたばかりで、天気が心配されたのだが晴れのいい日だった。
※後日、朝のウォーキングでお会いする近所の方に話をしたら、なんと昭和33年に田口線に乗って添沢温泉に行ったことがあるとのこと。
驚きであった。
※設楽ダムは予算がつけば2008年度から工事に入るようです。ダムで沈むタコウズ川あたりから延坂、大野山への点線道あたりも歩いてみたいです。
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