カテゴリー「鉄道廃線跡」の4件の記事

2009年6月13日 (土)

京都(10)猿投温泉から海上の森へ

2009年6月6日(土) 雨のち晴れ 愛知県 39000歩 2.5万図 猿投山 瀬戸

1 Aimg_0706 Aimg_0709 平戸橋いこいの広場に車を停めて歩き出す。公園を進むと、マレットゴルフ場があった。何組かの人たちが楽しんでいる。見ているそばで、イーグルをとった人もいる。和気あいあい、楽しそうだ。

Aimg_0712 右手の矢作川はこのあたり勘八峡といわれる。平戸橋あたりから見る河原には珍しい岩がある。

この道も行き止まりになり、左手の登り窯がある横を抜けて前田公園の入り口に出た。

Aimg_0715 Aimg_0717 長い階段を登る。まっすぐだ。途中の坂にはモミジが茂り、秋の紅葉の頃はよさそうだ。

今日は、iwazakiさんのウォーキングデビュー。今までMTBではご一緒したが、歩きは初めて。去年、お父さんと富士山に登りもう少し歩きも鍛えたいと‥。nakamuraさんと三人。

公園はちょっとした山で、途中からは石仏めぐりのコースが枝別れしている。山頂には観音像があった。

Aimg_0725 Aimg_0726 前田公園を抜けて、今は廃線となった猿投駅以北の名鉄三河線の御船駅跡に立ち寄ってみた。あわよくば、廃線跡を歩いてみようと思った。しかし、雨があがったばかりで線路あとは草が濡れている。私はちょっと歩いてみたのだが、nakamuraさんたちは線路わきの道路を行く。

Aimg_0731 この三河線。二度ほど乗ったことがある。いずれも東海自然歩道を歩いた時。広瀬から猿投神社まで歩いた帰り、猿投駅まで歩き猿投~広瀬間に乗車。もう一度は足助から広瀬まで歩いた帰り、広瀬~西中金を乗った。

2003年4月、廃止になる約1年前だった。

廃線跡ウォークはすぐに中止。道路を北に進む。

Iwaimg_1017_2_2 東海環状道路が見えると、左手の田んぼの中に何か見える。行ってみると「御船城址」だっAimg_0751Aimg_0755た。御船川に沿って北西に進む。

加納町の稲荷神社で昼食にする。加納町にも秋葉灯篭があった。

猿投温泉に進む。

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2008年5月22日 (木)

二俣、大谷峠~虫生~小国神社

2008年5月17日(土) 晴れ 静岡県西部 42キロ 2.5万図 二俣 森

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ちょっと遅めの集合は、敷地から虫生に向かう道の左手にある獅子ケ鼻直下の駐車場。
地元森町の韋駄天さんとの初山サイです。

今年二月に私が、小国神社から虫生へ抜けようとして峠まで行けなかったのですが、その記事を見た韋駄天さんも行ってみてやはり駄目でした。そこで私に連絡をくれたので一度ごいっしょしようということになったのです。韋駄天さんはフルマラソンも走られるそうで、引き締まった足がたくましい。

iwazakiさん、TAKAさんも加えて四人で出発。

Aa_001 最終目的の虫生の峠はあまりに短いので、まず二俣へと廻ります。
二俣駅東の佐久間線跡のトンネルを見て、その後、Aa_003 玖延寺横のトンネルも覗いてみます。

美術館横の二俣高校グランド脇を抜けて、旧天竜市役所をめざします。

Aa_005 大谷の奥の峠を船明に抜けてみたかったのです。

ここで、消防署に入り込んだりしながら消防士さんに道を尋ねてやっと峠に向かいます。大谷集落の宇佐八幡神社前では地元の古老たちが椅子に座って談義中。
Aa_007 神社横をさらに奥に進むと、遊歩道になっている山道に入ります。

そんなにかからずに峠に到着。入り口にあった看板によれば右手上に進めば尾根をたどり光明寺に抜けられるようです。

Aa_010 ここは、船明に下ります。船明側はたぶん墓地の造成工事でしょう。重機が動いています。ここは、以前こちら側から大谷峠に行こうとして入り口がわからなかったのでした。

152号線を横切ると、ここにも佐久間線跡が見られます。光明地区に出て、Aa_013 大渓から東に上っていきます。

ここからなら神社がある万瀬に尾根伝いの点線道をたどっていけると踏んだのですが・・。

Aa_015 このへん一帯は千年尾の森という看板がありました。

ほぼ上りきって尾根沿いの林道になり左に送電鉄塔への番号標識を見送って、その少し先で左にダートの林道がわかれます。ここまでは舗装路でした。

Aa_019 ダートの林道を進むと次第に下りだして・・。でも左手の尾根筋には点線道らしきものは見当たりません。しかたなく、道なりに下ってみました。

んんん・・。どうも方角的に南に向かって玖延寺の方向に思えます。

左に道が別れるところにきました。やはり!玖延寺から上ってきた林道のように見えます。

Aa_020 左に戻るように上れば途中に小屋があるはずです。実は2/2に本宮山に行った時に通ったのです。やはり、ありました。間違いないです。

見覚えのある変わった木がある場所に来ました。その先の小屋がけのところから自転車を押し上げ、稜線に出ました。しばし休憩。

Aa_022 尾根上のシングルトラックを進み、林道に出ます。

いぼ石のところからは舗装路です。いったん虫生に下ります。

最終の目的の峠へ、虫生から木橋を渡り上っていきます。

Aa_024 Aa_026 あっさり峠に到着。林道の峠ですが。右手に沢に入る道があります。徒歩で尾根に出てみました。反対側に下る道ははっきりしません。

山道はあきらめ、韋駄天さんの案内でタチバナ道を下り、Aa_033 小国神社を経て一宮に下りました。

その先の御茶屋さんで韋駄天さんのお知り合いの方が働いていらっしゃるとのことで、休憩してお茶と和菓子をいただいたのでした。ごちそうさまでした。

途中で韋駄天さんとお別れして駐車場に戻ったのでした。

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2007年11月16日 (金)

佐久間線跡、二俣~船明

2007年11月11日(晴れ)静岡県浜松市天竜区 55.4キロ 2.5万図 二俣

1 今年3月、船明から行者峠に行った。その時に見た佐久間線のトンネルで佐久間線の跡があることを知った。

地図を眺めていたら線路の盛り土らしき地図記号があるのに気がついた。

今日は、午後からだが探索に行った。

自宅からMTBで行く。一時間ほどかかって飛龍橋まで来た。

Aa_001 橋を渡って最初の信号をまっすぐ、温水プールの方へ進む。

左にカーブして下って行くと、いきなり右手奥の駐車場のやや上にトンネル入り口があった。

Aa_004

トンネルの真後ろは二俣駅方面。これは佐久間線の跡にちがいない。

次に地形図の盛り土がある玖延寺のほうへ、神社わきから細い道を抜けていった。

Aa_010 玖延寺の手前に道路をまたぐ形で線路橋が横切っている。くぐって右手には玖延寺に第二駐車場がある。Aa_012 駐車場の右手に土盛りがあり、その奥には先ほどのトンネルがここに抜けてきていた。

土盛りの逆、北側は玖延寺の境内に西のはずれを通って行くと、左手に登ってまたその先のトンネルがある。

Aa_013 Aa_015 下に自転車をおいて、様子を見に登ったのだが入り口の金網の扉があいている。

奥を覗くと出口が小さく見える。うーん、これは行けそうな気がするなあ。
Aa_020 でも反対側が出られなかったら?

また戻ればいいか!自転車を取りにもどってトンネルを進む。ライトをつけて乗っていく。
サイコンのメーターによると約600メートル。下の土は次第に荒れてくる。Aa_021 それでもなんとか乗ったまま出口に・・。

あれっ、これは?出られるのか。扉が閉まっている。
しかし、左側がなんとか出られそうに金網がまくられている。
先に自転車を押し出し、その後背中のザックも向こうへ転がしてなんとかAa_023 脱出。しかし、その先は泥んこ状態。タイヤが10センチくらいもぐってしまい乗れない。

歩いて約80メートルくらいを進む。

Aa_025 その先にまた土盛りがあった。右側の道路を進み、二俣川に出る。

ここには、川の中に橋脚が残っている。

やや右に堤防上を進み、山王橋で二俣川を渡る。

Aa_028 Aa_031 対岸の土盛りの横を進み、光明小学校の中から左に登ってみた。

その先はトンネルもなく山にぶつかって終わっている。

Aa_034_2

Aa_033

ここから中学校の裏を通って152号に出て、右折。

少し行ったところからまた右手に入ると、船明の春に行った行者峠の送電線方向に向かって土盛りが伸びている。

Aa_037 Aa_038 上に上ってみるとまっすぐにずっと続いているように見える。

しかし、その横を進むともう土盛りはいたるところでくずされてつながってはいない。

Aa_046 どうもこのへんは、なにか新しいものができるような感じでいたるところで土が掘り返されている。

そして、もう少し先に行くと春に行った船明の見覚えがあるトンネルがあった。ここで今回の予定はすんだ。帰りに天竜総合事務所に出る峠を探しAa_049 たのだが、これもそこいらが開発中で道がはっきりしなくてわからなかった。

最後に二俣駅に寄って、帰路に着く。

※なお、佐久間線のような営業に至るまでに途中で中止になったのは未成線というようだ。

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2007年6月18日 (月)

清崎から田口へ~旧田口線鉄道跡~

2007年6月16日(土)晴れ 愛知県 33900歩 2.5万図 海老 田口

1_7 久しぶりに歩いてきた。

清崎から田口までの旧田口線の鉄道廃線あとをたどり、帰りは旧伊那街道を歩いてきた。なお、(はるなつあきふゆ業書、街道を歩く)を参考にした。

清崎の」サークルKの道路反対側の空き地に車を停めた。

歩きだしてすぐ、道路わきの草を刈っていた男性に話かけたらいろいろと

Aa_002_2

田口線の昔話を聞かせていただいた。 清崎に材木屋さんがあり、息子さんが東京に荷物を送り、東京でお父さんが受け取り、三河材の家が東京で建てられていた話、手を振ると電車が待っていてくれた等の話を面白く伺った。

いつも257号線で通過する時に、清崎の信号のすぐ先の細い道が気になっていAa_004_4 た。

これが今回歩いた廃線跡の道の入り口だった。

豊川に沿って続く舗装された道は狭く、車一台がやっと通れるくらいのAa_009_4 Aa_016_10 道。しかし、川沿いで木陰が多く川を渡ってくる風は涼しい。

5箇所ほどあるトンネルは、さらに涼しい。

Aa_020_5 同行の皆さんには懐中電灯必携と案内したのに、当の私はみごとに忘れた。

それでも車がほとんど通らないので、なんとか・・。

Aa_011_5 ところどころ車を停めて、川を見ている人がいる。話を聞いてみると明日あゆに解禁なので釣るポイントの下見をしているのだという。

下流に唯一、田が見えた。帰りにこの田が対岸の道から見えた。行く時はこの対岸を通ると気付いていなくて。

Aa_023_3 Aa_024_5 途中、明日にそなえてテントで泊まりこみの一組もいた。

広い空き地に出ると向こうに建物が見える。

これが、田口駅舎だった。このまま朽ち果てるのを待つとAa_028_2いう感じだろう。

少し先に設楽ダム調査事務所の気象観測所があった。

えっ、ここにダムができるの!

Aa_079 正直いって全然知らなかった。同行のsinjiさんはご存知だったようで、ネットで探したと言っていた。この後訪れた奥三河郷土館には、国土交通省の立体模型が展示してあった。

さらに上流に向かって川沿いに歩く。東海自然歩道が合流し、離れていAa_036_2 Aa_039_2 く。

257号線の設楽大橋の下をくぐる。この途中にも道路わきの杉の木にテープが巻いてある。

Aa_0412_8 怒田から小松を通り、田口に向かう。

怒田の手前に標高表示があった。
この表示のちょっと上のお宅の前でちょうど人がいたのでお話を伺った。ダムといってももう30年も前から計画があったらしい。
Aa_045_1上手く反対してきたからという。
これはいつできるのかわからないのか?

Aa_074Aa_089_1田口の町に入り、丘の上にある郷土Aa_073_2資料館とAa_085 石仏公苑を見てきた。郷土館の前には電車の車両が置いてある。石仏公苑に行く時、右側の茂みからノウサギが出てきて道案内するかのように指導標の上に上っていった。

 

Aa_077屋上から見る山並みが美しい。

Aa_100_1 関谷酒造に立ち寄り、試飲したのだが買ったのは一人だけ。

ここから旧伊那街道を行く。

Aa_108

途中、道路わきの小さな池にミリアオガエルの卵があった。地元の方がちょうど見にきていて教えていただいた。

Aa_119 山道に入ると、石畳が残っている。
一度、鉄の橋を渡って対岸から上ると257号に出てしまった。
どうも違うなあ。まだこの先、沢沿いに行って豊川のすぐそばまで行ってから対岸に渡るはずなんだが。(2.5万図によれば)

Aa_133_1 Aa_135 というとこで、もういちど山道にもどり下っていく。

橋がないところを沢を渡り、左手に行くと川が見えた。

対岸に朝歩いていった道が見える。
Aa_136川沿いに進み、やがて257号線に出るとあと20分ほどで車を停めた清崎だった。

nakamuraさんの希望で大代の千枚田を見て帰ってきた。
今回の参加者は、kumagaiくん、nakamuraさん、sinjiさん。
Aa_151
梅雨入りしたばかりで、天気が心配されたのだが晴れのいい日だった。

※後日、朝のウォーキングでお会いする近所の方に話をしたら、なんと昭和33年に田口線に乗って添沢温泉に行ったことがあるとのこと。
驚きであった。

※設楽ダムは予算がつけば2008年度から工事に入るようです。ダムで沈むタコウズ川あたりから延坂、大野山への点線道あたりも歩いてみたいです。

 

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