カテゴリー「本を読んで」の4件の記事

2009年2月12日 (木)

船明ダムから遊歩道を二俣城址へ

2009年2月6日(金)晴れ 静岡県西部 19700歩 2.5万図 二俣

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船明の運動公園から南にむかって歩き出す。最初は大薗から塩見渡橋を渡って米沢(みなざわ)方面へ行こうかと思っていたのだが‥。

Aimg_0851 大薗へとつづく点線道、榑山のカーブを曲がってみるとなんだか舗装道路が続いているようだった。そのカーブの先に市民の森・ハイキングコースの看板があった。旧天竜市の時代に作られたらしい。去年、二俣から大谷峠を越えて船明にMTBで行った。その峠の西の山を通るコースのようだ。

Aimg_0855 予定変更、こちらの山へ行くことにした。が、地図が予定をはずれたので範囲外。でも尾根伝いに南に行けばなんとかなるだろう。

194メートルとそんなに高いピークではないが、最初は急だった。

Aimg_0861 Aimg_0878 Aimg_0880 木の間越しに船明の集落が見える。ほどなく三角点のある山頂に着いた。南に進む。鉄塔からはゆるやかに上り下りがある。

送電線にそって尾根道を進むと、お茶畑に出た。その先で道路に行き当たり道路は下っていく。右手の山道は巡視路のようで山道が続いている。山道を進む。

Aimg_0891 Aimg_0894 下っていくと、左下に天竜林業高校が見えた。道路を横切って南にも道が続いている。送電線はそこにある変電施設で終わっていた。笹岡開閉所とある。その横の道路をさらに南に進む。

Aimg_0913 新三河物語(宮城谷昌光著 新潮社刊)の大久保忠世が一時、城主だった二俣城址まで行ってみよう。思いついた最終目的地、地図がないのでそのまま行くとちょっとはずれそうな感じがする。(結果的にはそのまま進めば行けた)

いったん市営住宅のところから左にくだった。右に行くと徳川家康の息子の信康(信長のために自害)の墓がある清滝寺がある。この寺から二俣城址へ行けると思ったが、信康廟の上に上って行くと竹やぶを抜けるとさきほどのAimg_0926 市営住宅にもどってしまった。再び下り、今度はし小学校の南からやっと二 俣城址の上り口を見つけた。

城址は公園のようになっていて望楼があったとされる石垣がある。軽トラックが停まっていて清掃作業中だった。城址から北へ行くと、途中わからなかった清滝寺への入り口があった。こちらに下る。二俣小学校の北西側の斜面Aimg_0912 を巻いて看板に従っていくとなんと先ほどの信康廟のそばに出た。

Aimg_0955 ここの鐘はホンダの本田宗一郎が尋常小学校時代、30分早く鐘を突いて弁当を早く食べたといういわれのある鐘だという。

道路に出て、大谷へと向かう。途中、陸軍中野学校があったという記念碑がある。スパイの養成をしていたのかな?

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2008年10月 5日 (日)

北へ、(6-2)兵越峠から遠山郷へ

2008年9月27日(土) 晴れ 静岡県 長野県 42.3キロ 2.5万図 満島 伊那和田 水窪湖 三河大谷

 

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平岡より北へ、日本海めざして進んでいるが実は佐久間から平岡の間は冬の兵越峠を避けて伸ばしていた。

4 松川までは到達したが、日帰りではむずかしくなったので久しぶりに残っている区間を自転車で越えてみた。同行はiwazakiさん。

Aa_003 水窪の「国盗り」からスタートする。水窪川をはさんで東側の少し上がったところに飯田線の水窪駅がある。152号線を北へ進む。

地域バスの車庫を過ぎると上りになる。大原で飯田線の上を 3 またぐAa_010。すぐ左手に飯田線で最も長い大原トンネルの入り口が見える。帰りはこの飯田線で帰ってくるのだ。

右にオートキャンプ場、「マロニエの里」を見てさらに上っていく。途中、道路端の木製品の無人販売所を覗いているとロー ドの方が後ろから上がって行った。

2Aa_013昨夜から今朝にかけて急に冷え込んだ。寒いかと思い、着込んできたらやはり上りだすと暑い。

ベストを脱いだ。

Aa_015 池島で休んでいると近所の年配の女性が上から降りてきた。昔(21歳のころ)ここへもう暗くなってから5人で来て、テントを張れそうなところを聞いたら、ここの集落の寄り合い場所で寝るといいと、貸していただいたことがある。

 

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Aa_018 その時の親切な方はどうしているかと女性に聞いてみると、今は長野県に移転されたそうである。

ここ、池島からは三遠南信道の草木トンネルを経て兵越峠に向かう道をとる。152号線は青崩峠に行くのだが、車Aa_023は通れ ず不通区間になっている。

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峠手前の坂はきつい。ちょっと休憩する。バイクが多い。途中、何度か抜かれた。

峠は浜松市と飯田市の境でもあり、静岡、長野の県境でもある。ここで毎年綱引Aa_035_0578_4き合戦が行われ、勝ったほうが国境を1メートル前進させられる。今年は10/26(日)に行われるそうだ。

 

 

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峠から下りになる。

カーブの多い道をぐんぐん下る。長野県側は改良工事中なのだが、土、日は通れた。青崩峠への分岐で再び152号線に合流する。

_0579_5和田の町にでる。152号線は以前来た時とはルートが変わったようだ。かぐらの湯の横を通るようにバイパス化されたようだ。その横を通って右手奥に見えた城のような建物を目当てに適当に走る。遠山川を渡ると152号の旧道に出た。和田宿の看板がある古い町並みをゆっくり進むと、郷土資料館への道が右に上っている。急な坂を上ると和田城址。カーブの奥_0581_6 には駐車場があり、「殿町の茶屋」があった。

ここだ。久しぶりに本を読んでの現地訪問。

内田康夫著 長野殺人事件 光文社刊 2007年5月

この茶屋が物語りの舞台になる。浅見光彦がここでヒロインと出会う。名物のまんじゅうを食べようと寄ってみた。が、入り口に(本日売り切れました)と木の札がかかっている。ん・・、売り切れたのは何?

中に入って訪ねるとやはり、まんじゅうのことだった。うーん、残念。自転車でわざわざ来たのになあと言うと、ひとつずつあげるからこれで我慢してと頂いた。お茶もだしてくれた。さらに漬物も出してくれた。

いただく。うん、皮がそばの味がしてモチモチ感がある。おいしい。1つだけがさらにおいしさ感を増しているのかもしれない。

その後、何組かまんじゅうを目当てにお客が来た。いずれも断られた。一個だけでもいただけた我々は幸運だった。

お礼にと地図を買ってここをあとにする。

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意外に早かったので一時の電車に乗れそう。寄り道しないで遠山川沿いの道を平岡に向かう。途中、何箇所かの吊り橋に乗ってみた。

駅の手前のトンネルを抜け、電車が来る30分くらい前にAa_066Aa_071駅に着いた。

輪行で水窪にもどる。


 

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2007年2月 7日 (水)

宇利城址と風越峠

2007年2月3日(日) 晴れ 愛知県 16400歩 2.5万図 三河富岡

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「風は山河より」第一、ニ巻 新潮社版、宮城谷昌光著

三ケ日から宇利峠を越えて、富岡に出る。八名中学の東の工業団地、オーエスジーの裏に車を停めて歩きだAacimg0003す。

宇利城址は熊谷直実の子孫、重実(しげざね)の時、徳川家康の祖父にあたる松平清康が攻めて落城した。清康がAacimg0006 陣を張った冨賀(ふか)寺を合わせて、周辺を歩くコースを考えた。

まあ、はっきりコースを決めたのは歩き出してからであった。工場の北側の敷地内に変電所があった。最初、この印を発電所かと勘違いしてわざわざ見に行ってきた。

Aacimg0009 送電線記号が道路と重なって見落としていたからである。

152.2m三角点がある尾根を歩いていく。ところどころ道Aacimg0012がはっきりしないところがあったけれどおおむね尾根づたいに、行けば間違いない。 三角点を過ぎ、下ると峠状の道が横切っていた。さらに進み、風越峠南のピークから南に下る。分岐を過ぎたら左手下に寺の屋根が見えAacimg0023た。

道らしき踏み跡を歩いて寺のいちばん奥に降り立った。こんなところからごめんなさい。

Aacimg0027 古い墓の前にはこんな看板も・・。

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宇利城の戦いは永禄三年(1530年)だったという。

Aacimg0052 近くの南馬場、北馬場を歩いてみた。田んぼを挟んでの丘稜。北馬場の中を通る草の道は馬が駆けぬけたところなのか?

Aacimg0053_1  農家の人が柿の木の手入れをしていた。樹皮についた虫などを落としてやるのだという。手入れが済んだ木は白くきれいになっていた。

Aacimg0058 いよいよ宇利城址に行く。田んぼを横切り尾根を登ると・・。

途中には討ち死にしたという松平右京亮の墓。

Aacimg0064さらに登ると平らにされた城址に着いた。Aacimg0079

Aacimg0074 軽い昼食の後、さらに北へ。城主が落ちのびていったという尾根を登り、林道に出た。左に下り、林道のゲートを抜けてすぐに右に上がる草が伸びた道がある。

Aacimg0088 ここを登ると風越峠に出る。2004年にTAKAさんと、kumaさんの三人で逆方向からMTBで訪れている。懐かしい。TAKAさんと初めてご一緒した山サイであった。

前回より道が荒れているような気がした。ここは風が鳴っている。風越というだけあって・・。

Aacimg0092 黒田に出て、車にもどる。宇利はよく整備された田んぼが多いように感じた。

今回の参加者は、uiharaさんnakamuraさんshinjiさんyamadaさんと五人。

早めにきりあげて、2時からはkumaさん別宅で昼食会。こちらは、盛況で10人の参加だった。

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2006年9月30日 (土)

日の出~日の入りウォーク(姫街道)

2006年9月30日(土) 静岡県西部 64000歩 くもり 2.5万図 磐田 笠井 気賀 三ケ日 新居町

「夜のピクニック」恩田陸著 新潮文庫 

帯に9/30映画公開とあった。高校生が最後の学校行事で24時間のウォークをする小説であるが、第二回本屋大賞を受賞している。

この本を読んで24時間は無理だが、昼間だけならと日の出から日の入りまでの約12時間歩いてみようということに・・。本を読んでシリーズ(?、勝手に作るな!)の第1回である。これは面白かった本を読んだら、なんらかの企画を考えるというものである。

先週の23日が秋分で昼夜とも12時間。今日は日の出が5時40分。

JR東海道線天竜川駅近くから出発。あいにく小雨がぱらついたりしていて日の出は見られなかった。しかし、しっかり日の出時間とともに歩きだした。

Tn_002_5 Hime1 天竜川を渡った旧東海道は中の町から西に向かい、安間町で姫街道を分ける。今回は安間から姫街道をたどうことにする。酔狂にお付き合いくださったのは、shinjiさん。

街道も変わっていく。国道1号線は今新天竜川橋の工事中で、あさって10/2に開通式、10/8から供用開始とか。市野を通り、馬込川を渡る。

Tn_005_5 市野あたりの古い家。

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馬込川。

三方原追分に向けて上っていく有玉あたりで、最古のみちしるべがあった。文字は欠けたりしてはっきりわからないのだが・・。

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台地に上がり、松並木がある道路わきを北北西に歩く。

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六地蔵がある老ケ谷を過ぎ、長坂をくだって都田川と伊井谷川が合流する落合橋を渡って細江の町に入る。  Tn_029_4

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細江神社でお参りした。最近、私の周りであまりよくないことが起きる。その効果もなかったのか、三ケ日の町に入った最初のスーパーで強盗が入ったとのニュースを翌日の新聞で知ることになるのだが。(私は疫病神か?)

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途中、昼食を買いに姫街道をはずれてコンビニに寄り、復帰して引佐峠を越えた。

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みかん狩りでシーズンにはにぎわうみかん畑の中を枝が垂れるのを防ぐのだろうか、枝吊りがおもしろい。初めて見た気がする。

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田園地帯に出ると、稲刈りがまっさかり。大型のコンバインがあっという間に稲を刈っていく。

三ケ日で3時ころ。どこまでいけるかとこの後を地図を見ると天浜線の知波田駅あたりだろうと見当をつけ、浜名湖岸を南へ向かう。

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  瀬戸の赤い橋を左に見て西に折れる。

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知波田の歯医者さんがある駅に5時ちょっと過ぎに着いた。日没まではまだ30分くらいあるのだが、湖西連峰の山があるためじきに日が沈みそう。ここで本日の歩きは終了した。

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17時10分ころ、日が沈んだ。お疲れサマー。

Himekaidou 今日の全ルート。約40キロでした。

さて、日の出日の入り、自転車編があるのかどうか・・?

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