カテゴリー「街道」の15件の記事

2009年2月22日 (日)

阿多古から神明山~熊へ

2009年2月13日(金) 晴れのち曇り 27000歩 2.5万図 熊 二俣

1

去年、目指せ日本海で熊へ着いた時、石の道標で二俣から旧道があるのを知った。この旧道はどこなのか、私なりに考えてみたのが今日歩いたコース。shinjiさんと二人で歩いてきた。

二俣から上野(あげの)までは普通の道路なので、省略する。三方原用水が上を通る上野の駐車場に車を停めた。


Aimg_0134 Aimg_0136 清滝橋を渡って少し右に戻ってから左に曲がって、上っていきます。

三方原用水が上から下ってくるのを横切ります。集落を過ぎると舗装路からダートの道に変わりました。石神の金原方面へとまだ道がありそうなのですが、ちょっとはっきりしない感じなので、いったん左に下り、川を渡ります。

Aimg_0150 県道を進み、市場にあった秋葉灯篭をふと見ていると、なにやら見事な彫り物。

これはなんでしょう?

龍と剣Aimg_0146を持って髪を逆Aimg_0147立てて戦っているAimg_0149のは誰でしょう。鳳凰と麒麟らしきものもあります。こんなに立派な彫り物、初めて見ました。それとも、今まで気付かなかっただけなのでしょうか。

その先、神社の手前からまた右手に点線道Aimg_0153 を見つけ、登っていきます。苔が生えていますが石が敷き詰めてあり古い道なのでしょう。

上の道路に出るとお寺が見えました。お墓の中を抜けて、山道が続いています。さらに奥のT字路のところの簡易水道から右に入っていきましたが、何本  も新しい林道ができていて、無理すれば下に降りることができたのでしょうが、先が長いのでループになった林道でもとに戻り、西に下ります。

Aimg_0164Aimg_0166Aimg_0168石神の阿多古川が本流と西阿多古川に分かれる手前に、友鮎最中という看板を見つけちょっと買ってみます。ここは山口屋本店です。ということは支店もあるのでしょうか。橋を渡ると、ありました。支店が。こちらは鮎最Aimg_0169 中。この先の商店のおばさんが、古道具の店を開いており話を聞くと山口屋さんは兄弟だとか。それにしてもこんなにすぐそばで和菓子の店があってやっていけるのでしょうか。いらぬ心配をしてしまいました。

さてこの古道具のおばさんの旦那さんに、熊への旧道のことを聞いてみましAimg_0173 Aimg_0174 た。私が計画した道はやはり旧道で間違いないようです。

安心して先に進みます。上りだしてすぐ右上に石仏がありました。

道は舗装されています。

 

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2008年8月25日 (月)

北へ、(16)分水嶺を越える~塩尻峠

2008年8月17日(日) 晴れ 長野県 32500歩 2.5万図 諏訪湖 鉢伏山 塩尻 

1 Aa_001 前回、岡谷駅まで歩いたのだが、駅周辺で駐車場を捜すのは大変だなと思った。

今回、岡谷の手前「川岸」駅前に車を停めてちょうどいい電車があったので電車にて岡谷に移動。

Aa_008 駅から南に出て、諏訪湖をめざす。ここ、岡谷はうなぎの町として宣伝している。うーん、これはまさかうなぎを探しているんじゃないとは思うけど・・・。

ついに天竜川の起点にきた。

Aa_013 Aa_017 釜口水門からはあまりきれいとは思えない水が流れでている。なんとなしに魚くさい。となりのうなぎ屋さんからはいい匂いがただよってくるのだが。

釜口からほぼ北へ向かって一直線に町を歩く。めざすは、岡Aa_028 Aa_030 谷インター。そこから塩尻峠を越えるのだ。

北へ向かう道は細くなりながらもほぼまっすぐにゆるやかに上りながらつながっている。

Aa_031 途中、岡谷病院と市役所の間を抜けていく。

OGKというなんだか聞いたことがあるような会社があったのだが、これはオカヤ技研だった。

Aa_035 20号線のぶつかり左に曲がる。ここはどこかに中山道の入り口があるはずなのだが、簡単に見つかると思っていたんだが、道標が見当たらない。そうこうしているうちに長野道岡谷インターもすぎてしまった。

通りすぎてすぐの道を右に曲がる。突き当たりが中山道のはずだと思う。

Aa_036Aa_050 ちょうど長野道の上を通って、石船観音がある。ここが中山道。左に曲がる。

ほぼまっすぐに登っていく。途中、大石がある。

2  意外にかからずに峠に出た。舗装道路が峠を越えている。峠は何もない。

Aa_052うーん、これが・・・。分水嶺か。峠から右に少し登ると展望台がある。そちらに登ってみる。

こちらは、諏訪湖方面の眺めがすばらしい。ほぼ私たちが歩いてきた線が見える。

Aa_060Aa_058反対側の塩尻側は雲 が多く北アルプスは見えない。展望台は風が通りぬけていて寒く感じるほど。

昼には少し早かったので峠を下る。

Aa_063Aa_074 茶屋跡、東山一里塚と過ぎ送電線をくぐりぬけた先で昼食にした。

昼食後、20号線をくぐり、下っていく。

長野自動車道を橋で渡る。みどり湖のPAが見える。ハイウェイバス利用者の駐車場が手前にあった。

Aa_078 Aa_077 柿沢の集落に来ると、首塚の看板があった。矢印に従って寄り道して見にいく。武田方と小笠原の戦いの後、武田軍に寄って放置された小笠原方の遺体を地元の方が弔ったと書いてあった。

3 小坂田の池を気にしながら右手ばかり見ていたら、中山道をはずれたらしい。ちょうどとおりかかった近所の男性と話しをしていてわかった。

親切な方で、この先の五千石街道の入り口等、詳しく教えていただいた。

しかし、右手に大きなお寺が見えたのでそちらに寄ってみた。

Aa_082 Aa_081 Aa_085 立派な山門がある。

153号線に合流して右にすぐ、塩尻宿の碑があった。

その先左手から三州街道の分岐点がある。地図を眺めていた時、塩尻駅から離れているこのあたりが「塩尻町」という地名Aa_087 になっているのはなぜなのかと思っていた。こちらが塩尻だったのだ。

Aa_109 その先に右側に五千石街道の碑がある。ここを右に曲がり街道をすすむ。

南熊井の城址を見て、長野自動車道をくぐったあたりで電車の時間を確認したら、どうも村井までは行けそうもない。

4 Aa_123 五千石に入る前に広丘駅に向けて最短のコースで急いだ。長野道の横を通り左にくぐる。

細いながら田川は北へ流れている。日本海へと・・。実感した。ここは北日本なのだ。

Aa_125 畑があるところを通る。レタスが植え付けられている。少しずつ時期をずらしてあるようだ。

予定の電車にはどうも乗れないようだ。広丘駅はちょっと変わった新しい駅舎。二階が駅で、下に降りるとホームになる。

Aa_126 岡谷で乗り換えて、川岸駅へと戻った。

今日の参加者は ujiharaさん、 shinjiさん、 totigiさん。

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2008年8月 3日 (日)

北へ、(15)日本の中心を行く、辰野~小野峠~岡谷

2008年7月27日(日) 晴れ後雨 長野県 36500歩 2.5万図 宮木 辰野 北小野 諏訪

1Aa_001 暑い日が続く中、なるべく日陰を歩くように山道を歩くコースを選択して、出かけた。

前回の到達地点、羽場駅前に車を停め歩き出す。

Aa_004 天竜川を渡り、山の上なのに(たつの海)という地名が気になっていたのでここを目指して荒神山に上る。
日陰に入ると涼しい。

左手に温泉スタンドがあった。たつの海はやはり溜池のようAa_011 Aa_014 Aa_016 だ。瘤ハクチョウがいた。看板によれば皇居にいたのをゆずりうけたそうだ。平成生まれの子はこうちゃん、しんちゃんだから、荒神山から取ったのかもしれない。

Aa_021 たつの海の説明はそのへんには見あたらなかった。

山を下って、天竜川沿いに歩き辰野の町はずれに来た。対岸にはあのマークは?確か、コニカミノルタでは。やはりそうだった。

2伊那谷は精密機械工場が多い。同行のkumaさんによれば最初は洗浄にきれいな水が豊富にあったからとか。

あっ、今日はkumaさん、 shinjiさんとの三人連れである。

Aa_023 Aa_028再び天竜川を渡り、飯田線の踏み切りを渡り大城山を目指す。

今日は、このあと山に入り、水場がないので飲みかけのペットボトルの水を飲みきり、給食会社前のAa_039 Aa_042 自動販売機でお茶を補充する。

見晴らしがいいお墓のところを過ぎて左にカーブすると日陰に入る。点線道の入り口がみつかるか、気をつけて行くとおっ山道が。私は見落としたが草に隠れるようにあった看板を、kumaさんがほぼ同時に見つけた。

Aa_051 道は意外に広く整備されている。中ほどで、上から降りてくる家族らしい三人に会った。以後、今回もずっと人に会わなかった。

山頂は南側が切り払われて芝生がある平らなところ。

Aa_048 南側には辰野の町が見下ろせる。吹流しが二箇所に立っている。ハングライダーをするのかもしれない。

ここで昼食。いったんここから下り林道のゲートから右に入る。

Aa_053 左手に二階建ての荒れた建物がある。辰野町の宿泊施設のようだ。すでに使われなくなっているようだ。

尾根の右側の巻くようにほぼ水平に進む。赤松が多く、入山禁止の札がいたるところに見られる。林道に出る少し手前に(一杯水(いっぺいみAa_056 ず))がある。看板はあるのだが、水はどこ?と探すと、右手下にあった!

Aa_055 これは・・・。今は少ないだけなのか?

Aa_059 山道が終わり、左手下からくる林道がターンして上に道をとる。

この先に左に林道を少し進んだ右手上に「日本中心の標」がある。どういAa_065 う理由で中心なのかは説明はない。石に刻んだ標高からすると、場所が違うような気がする。少し手前にあった右手のピークが1277メートルだろう。

日本中心で異議を叫ばなかったが、日が当たって暑い。

3先へ進む。

Aa_075 Aa_072かなり虫が多く、顔のまわりをうるさくついてくる。時折、雷の音がする

小野峠手前に展望台があった。上ってみると諏訪湖が見えた。まだ遠い。

尾根を進むと左に下って、舗装道路に出た。右に少し進むと旧中山道の小野峠の入り口。

峠は林道の一部のようにも見える。

Aa_082

ここは辰野、塩尻、岡谷の境界点でもあるようだ。

峠を向こう側、岡谷に下りだす。すぐに林道が二手に分かれる。左のほうが道が広く見えた。こちらに進む。しかし、何かおかしい?

Aa_081 ずっと尾根のすぐ下を北に進んでいるように思える。下から軽トラックが上がってきてすれちがう。

もうしばらく進んで、次第に不安になってきた。この道が手持ちの地図に載っていないのだ。

4戻ってきた軽トラックの方に尋ねてみた。どんどん下っていけば岡谷に出るのは確かなようだ。

雨が降り出した。傘をさして歩く。かなり強い降りなのだが木の下は勢いAa_085 が弱められる。途中の畑に出たあたりでやっとわかった。左に進みカーブを曲がれば、中央高速の岡谷ジャンクションから長野道がトンネルに入る上に出るようだ。

やはりそうだった。

Aa_086 駅はもう近いのだが、電車の時間を確認するとほとんどギリギリだ。

あれっ?せっかく天竜川の始まる諏訪湖の水門を見ようと思っていたのだが。
めざせ、日本海は今までほぼ天竜川の流域をさかのぼってきた。

ならば、ここで一区切りをつけるためにも諏訪湖にある水源を見ようと、計画を立てた。

Aa_087しかし、またも時間が足りなかった。岡谷駅に着いたのは電車が出る5分前。やむなく、そのまま電車に乗った。

水源はまたの機会に・・・!

 

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2008年4月20日 (日)

身延街道、東海道そして・・さくらえびのかきあげ

2008年4月12日(土) 静岡県中部 晴れ 26000歩 2.5万図 興津 蒲原

1 またさくらえびの季節になった。

静岡新聞に3日ほど前由比漁港のかきあげ丼を紹介する記事があった。

昨年に同じようにkawaiさん、 takayoさんとさくらえびを食べるウォーキングに行ってきた。

Aa_001 Aa_002 今回は薩垂峠を西側から越える。興津の清見寺南にある公園に車を停め、歩き出す。

公園のかたすみに正岡子規の句碑があった。晩年の子規がここに移転しようとしたがかなわなかったそうだ。NHKのドラマで「坂の上の雲」がとりあげられるそうだが、楽しみだ。

Aa_005清見寺に寄った後公園沿いに東に行く。

Aa_012 興津駅の前の細い路地を進む。東海道線と南側を平行に進む。

身延街道に出た。右に東海道との分岐点まで少し戻り最初から歩く。

Aa_014 街道入り口にある小さな店で草もちを買い、一個ずつ食べる。いかん、今日 は昼のためにあまり食べてはならない。

身延道を北へ進み新幹線をくぐって国道52号に合流したところで東海道へもどることにした。

Aa_021 Aa_023 興津川沿いを南に進み、東名高速の北にかかる新浦安橋を渡る。

薩垂峠への看板があるところを左に入る。

Aa_028 身延道はだれにもハイカーに会わなかったが、さすがにこちらは人が多い。

すれ違う人、追い越す人。かなり高齢者が多いような気がする。

峠手前の急斜面をトラバース気味に進む道からは、太平洋、高速道路、愛Aa_037 鷹山などが見える。

峠で小休止した後、由比へと下っていく。

みかん畑の中の舗装道を歩き、由比の町の西はずれ倉沢に出た。

2 Aa_040 ここにある「くらさわや」の前は行列ができるほどの混みよう。前の細い道路も駐車した車がじゃまですれ違いができず渋滞している。

同行のtakayoさんが、ならんでいた人に聞いてきた。テレビ番組の中でここが紹介されたそうで、その方も東京からさくらえびのかきあげを食べにきたそうである。

Aa_043 先へ進む。我々は4000円もするような高級料理は似合わない。

もっと安いのでいい。由比駅を過ぎて由比漁港に寄ってみる。2~3日前に静岡新聞に紹介されたかきあげ丼を食べさせる漁港内の食堂がすいていればそこで食べようと思ったのだが、ここも50メートルくらい行列ができAa_046 ている。

やめた。去年食べた、「海の庭」というところまで歩く。

すでに時刻は1時近く。十分、腹もすいた。

ここも1時間待ちという話だったが、待つことに・・。

途中で帰ってしまう人もいるのか1時間も待たずに入れた。

ワンパターンながら、そばとのセットになったのを食す。

Aa_049 やや油っぽいねなどといいながら、まずは満足。

意外に時間が過ぎていてすでに3時近く。

電車で、興津駅までもどって帰路につく。

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2007年12月 9日 (日)

槙ケ根から大湫、細久手へ、~中山道~

2007年12月2日(日) 晴れ 岐阜県 39.5キロ 2.5万図 武並 御嵩 土岐

4 1996年11月に岩村から槙ケ根、恵那への東海自然歩道を歩いた。自然歩道はそこから中山道を御嵩へとむかっている。

Aa_003 それ以来続きを歩きたいと思いながら、実に11年がたった。

今回は、MTBでの中山道となった。同行は岩太郎さん、kumaさん。

武並駅へと入る、19号線の道路わきに広いところがあったのでここに駐車。Aa_006 19号を東にもどる。交通量が多いので右側の歩道を行く。

中央高速道路をくぐり、槙ケ根にでる。東海自然歩道の看板があった。ここから左にもどるように中山道に入っていく。

Aa_009 最初、この道に気がつかずまっすぐ進んでしまった。次の看板が西行塚を指していてこれは違うともどってやっと正しい方向に進む。

以後、時折地図で現在地を確かめる程度で自然歩道の看板を見て進む。

Aa_015 Aa_016 途中、中街道への分岐があった。内津峠を経て名古屋へと続く道らしい。これもいつかたどってみたい。

道はダートだが、林道くらいには広い。

Aa_019 首なし地蔵を左に見て、さらに進む。

Aa_025 最初の紅坂一里塚があった。

事前に中山道のガイドブックを読んだのだが、街道沿いには見所が多い。自転車で走っていると次から次へと現れてなかなか大変である。

Aa_036 Aa_037 なにかあるぞと思っても次第に止まらずに通過したところが増えてくる。

権現山一里塚への上りは、石畳があった。

Aa_042 Aa_043 このあたり、大湫までの間十三峠におまけが七つといわれるほど峠、坂が多かったのだという。

私は最初勘違いしていて十三峠という名の峠があるのかと思っていた。しかし峠が十三あるというのが正しい。

Aa_050 Aa_053 この権現坂などは上っているうちにどこかで樫ノ木坂に変わっていたようだ。

三十三観音の前はきれいに紅葉していた。

3 連絡道が中山道を横切っている中仙道ゴルフ場。静かな中で突如、人が叫ぶ声がして驚いた。ちょうどグリーンでだれかがパットをはずしたのか盛り上がっていた。

Aa_057 Aa_062 もうひとつ峠を越えて下っていくと大湫の宿場が見えてきた。

ここは走りながら、町並みを見る。

琵琶峠は上り、下りとも石畳。さすがに押していく。

Aa_071 Aa_072 下りも乗れない。kumaさんは果敢に乗っていったが。私はバランスをくずして左ハンドルの先はズボンにひっかかり、左足、前輪だけついたまま後輪は空中というシャチホコ状態でしばらく立っていた。ハンドルをズボンからはずしたら、駈け付けようといてくれた岩太郎さんが来る前に転倒した。

Aa_078 八瀬沢、奥ノ田を経て細久手の宿場に出る。

Aa_080 古い建物の大黒屋さんは今も営業しているとか。

向かいの公民館の駐車場で昼食休憩にした。

さて、今日はどこまで行けるのか。

2 1 予定では、土岐駅から中央線電車で武並駅まで戻るのだが。

この後、松野湖の北を進む。

Aa_089 Aa_088 最後のダート道の急坂をくだって舗装路に出た。

現在地を地図を見て確認しているといきなりプシューと岩太郎さんの自転車の前輪がペチャンコになった。はずしてみるとリム打ちのようで二箇所、穴が空いていた。

Aa_093 ここで中山道からはずれ、松野湖に出る。

下ると21号線。左に曲がりひとつ坂を上るとあとは土岐市に向かって下るだけだった。

※今回、輪行しようと目論んだのだが、ちょっと準備不足で人行(自転車は駅におき人だけ電車で行く)で車に戻り、自転車を回収した。

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2007年6月18日 (月)

清崎から田口へ~旧田口線鉄道跡~

2007年6月16日(土)晴れ 愛知県 33900歩 2.5万図 海老 田口

1_7 久しぶりに歩いてきた。

清崎から田口までの旧田口線の鉄道廃線あとをたどり、帰りは旧伊那街道を歩いてきた。なお、(はるなつあきふゆ業書、街道を歩く)を参考にした。

清崎の」サークルKの道路反対側の空き地に車を停めた。

歩きだしてすぐ、道路わきの草を刈っていた男性に話かけたらいろいろと

Aa_002_2

田口線の昔話を聞かせていただいた。 清崎に材木屋さんがあり、息子さんが東京に荷物を送り、東京でお父さんが受け取り、三河材の家が東京で建てられていた話、手を振ると電車が待っていてくれた等の話を面白く伺った。

いつも257号線で通過する時に、清崎の信号のすぐ先の細い道が気になっていAa_004_4 た。

これが今回歩いた廃線跡の道の入り口だった。

豊川に沿って続く舗装された道は狭く、車一台がやっと通れるくらいのAa_009_4 Aa_016_10 道。しかし、川沿いで木陰が多く川を渡ってくる風は涼しい。

5箇所ほどあるトンネルは、さらに涼しい。

Aa_020_5 同行の皆さんには懐中電灯必携と案内したのに、当の私はみごとに忘れた。

それでも車がほとんど通らないので、なんとか・・。

Aa_011_5 ところどころ車を停めて、川を見ている人がいる。話を聞いてみると明日あゆに解禁なので釣るポイントの下見をしているのだという。

下流に唯一、田が見えた。帰りにこの田が対岸の道から見えた。行く時はこの対岸を通ると気付いていなくて。

Aa_023_3 Aa_024_5 途中、明日にそなえてテントで泊まりこみの一組もいた。

広い空き地に出ると向こうに建物が見える。

これが、田口駅舎だった。このまま朽ち果てるのを待つとAa_028_2いう感じだろう。

少し先に設楽ダム調査事務所の気象観測所があった。

えっ、ここにダムができるの!

Aa_079 正直いって全然知らなかった。同行のsinjiさんはご存知だったようで、ネットで探したと言っていた。この後訪れた奥三河郷土館には、国土交通省の立体模型が展示してあった。

さらに上流に向かって川沿いに歩く。東海自然歩道が合流し、離れていAa_036_2 Aa_039_2 く。

257号線の設楽大橋の下をくぐる。この途中にも道路わきの杉の木にテープが巻いてある。

Aa_0412_8 怒田から小松を通り、田口に向かう。

怒田の手前に標高表示があった。
この表示のちょっと上のお宅の前でちょうど人がいたのでお話を伺った。ダムといってももう30年も前から計画があったらしい。
Aa_045_1上手く反対してきたからという。
これはいつできるのかわからないのか?

Aa_074Aa_089_1田口の町に入り、丘の上にある郷土Aa_073_2資料館とAa_085 石仏公苑を見てきた。郷土館の前には電車の車両が置いてある。石仏公苑に行く時、右側の茂みからノウサギが出てきて道案内するかのように指導標の上に上っていった。

 

Aa_077屋上から見る山並みが美しい。

Aa_100_1 関谷酒造に立ち寄り、試飲したのだが買ったのは一人だけ。

ここから旧伊那街道を行く。

Aa_108

途中、道路わきの小さな池にミリアオガエルの卵があった。地元の方がちょうど見にきていて教えていただいた。

Aa_119 山道に入ると、石畳が残っている。
一度、鉄の橋を渡って対岸から上ると257号に出てしまった。
どうも違うなあ。まだこの先、沢沿いに行って豊川のすぐそばまで行ってから対岸に渡るはずなんだが。(2.5万図によれば)

Aa_133_1 Aa_135 というとこで、もういちど山道にもどり下っていく。

橋がないところを沢を渡り、左手に行くと川が見えた。

対岸に朝歩いていった道が見える。
Aa_136川沿いに進み、やがて257号線に出るとあと20分ほどで車を停めた清崎だった。

nakamuraさんの希望で大代の千枚田を見て帰ってきた。
今回の参加者は、kumagaiくん、nakamuraさん、sinjiさん。
Aa_151
梅雨入りしたばかりで、天気が心配されたのだが晴れのいい日だった。

※後日、朝のウォーキングでお会いする近所の方に話をしたら、なんと昭和33年に田口線に乗って添沢温泉に行ったことがあるとのこと。
驚きであった。

※設楽ダムは予算がつけば2008年度から工事に入るようです。ダムで沈むタコウズ川あたりから延坂、大野山への点線道あたりも歩いてみたいです。

 

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2007年5月 8日 (火)

白馬から佐野坂、青木湖~塩の道を行く~

2007年5月4日(金)晴れ 長野県 20800歩 2.5万図 白馬町 神城

1_5 去年の5月に白馬から千国まで歩いた。今年もまた塩の道を今度は南へ歩いてみた。

白馬駅西の”みみずくの湯”に車をおいて足湯がある薬師堂から歩きはじめた。

Aa_016_7Aa_023_2 昨夜は雨と風が強かったが、今日は朝から晴れた。

白馬三山と五竜岳がよく見える。

Aa_014_7去年は大雪の影響で雪が路傍に積み上げてあったりしたのだが、今年はさすがに麓では雪はない。

南向きに歩いているので右手に白い山が見える。

Aa_051 このへんは、桜が満開になっている。

実は今日は塩の道祭りのコースを逆に歩いている。5/3小谷~栂池、5/4青木湖~白馬、5/4青木湖から大町という日程なのだが、もちろん人ばかり見ながら歩く気はないので、しいて逆コースにしている。

Aa_042_4 飯森神社をすぎて、国道148号を横切ると、ちょうどホテルの前に止まったバスに昔の装束をした参加者がバスに乗りこんでいるのが見えた。これから青木湖のスタート地点まで移動するようだ。

2_6

庚申塔や馬頭観音が数多く見られる。

Aa_034_1  Aa_032_1

道の駅を過ぎて、篠ノ井線の線路脇を進む。


Aa_064_1

 

 

ちょっと塩の道をはずれて田んぼ脇の畦道をたどってみる。

脇を流れている清流は姫川の支流か?

Aa_071 まっすぐに行けば姫川源流に行けそうだが、道はまっすぐにはない。

右に曲がるとこのへんでも石仏がある。

沢渡のあたりである。

3_1 Aa_078_1 塩の道にもどることにする。

148号を横切り、西に行くと小学生のグループがいた。塩の道祭りの先陣が、もうここまで来ているようだ。

東徳寺まで来たら、お坊さんがおおぜいお経をあげている。

Aa_084 Aa_088 Aa_089 このお寺は廃寺なのだが、年に一度真言のお坊さんが集まってお経をあげると、世話役らしい方に伺った。


Aa_093 塩の道は大糸線を渡り、佐野坂スキー場の横を上っていく。

このへんでおおぜいの塩の道祭りのハイカーに出合った。

佐野坂峠までは車がかろうじて通れるほどの道。逆方向から何台かの車が下Aa_098 りてきた。

Aa_097 峠から青木湖畔まで観音像が間隔をおいて建っている。

青木湖は、水面がかなり下がっている。今年の冬は雪が少なかったからだろうか。

青木湖から塩の道祭りハイキングがスタートしたようだ。

Aa_105 明日はここから逆に大町まで歩くイベントがある。ここには白馬村と大町市の両方ののぼりが立っていた。

青木湖畔はランナーと自転車が多い。

4 Aa_110 湖畔を南下して中綱湖まできた。

中綱湖は桜が満開できれいだった。

釣りをしている人が多い。

Aa_125 簗場駅から電車で白馬にもどった。

薬師堂横の足湯につかって帰路につく。

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2007年4月27日 (金)

さくらえびのかきあげ、~旧東海道を歩く~

2007年4月21日(土)くもり 静岡県中部 23000歩 2.5万図 蒲原

1_3薩垂峠を歩いて、さくらえびを食べたいという要望に答えて東海道を歩いてきた。

Aa_001_1 富士川サービスエリアのスマートICを初めて使った。

ETCカード専用の出口で、入り口は東京方面の上りしかない。

富士川楽座に車を停め歩きだす。

富士川町役場南の角に一里塚があった。

Aa_004_2

これは、なかなか立派だった。以前、二回歩いているのになぜかほとんど記憶にない。東海道ウォークに参加しての歩きで前後に人が多くて、

まわりをよく観察していないからだろうか?

スタートが東海道ではなかったので、どこから東海道に入ったのかよくわからず、富士川駅近くで近所の通りかかったおばさんに尋ねてやっとわかった。

すでに東海道を歩いていたのに気付かず、一度はずれてしまっていた。もう一度もどって東海道に復帰した。

Aa_007_1 意外にも秋葉塔があった。

郵便局手前から右に曲がり、東名高速をくぐって北のほうへまわりこんでいく。

Aa_011_4 今度は、東名高速を橋で渡り、蒲原町へ入っていく。

ここは静岡市なんだなあ。

お休みどころも静岡市でやっているそうだ。

Aa_019_5 中に入ってまんじゅうを買うとお茶を入れてくれた。

Aa_020_2 前回の時はちょうど桜の季節で御殿山と善福寺方面へ回り道したのだが・・。


由比へ急ごう。さっさと歩いて由比の町に入ってきた。

Aa_030_3 Aa_031 七里の役所跡というのがあった。これも記憶にない。うーん、何を見て歩いていたんだろう。


Aa_035_3 さあ、さくらえびだ。

とちゅうで聞いてきたところによると井筒屋さんというのがおいしいそうだが、混んでいるようだ。こちらに入る。

こちらも少し待ったが、海が見える二階。北には浜石岳が見える。

Aa_040_1 そばのかきあげ丼とセットになったのをいただいた。

うーん、まいう~。


2_4

今日は薩垂峠まで行く予定であったが、あと温泉も入りたいというので由比駅から電車で戻り、藤枝の瀬戸谷温泉”ゆらく”に入って帰ってきた。
今回の参加者は、takayoさん、kawaiさん、nakamuraさん。

 

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2006年12月17日 (日)

そま路峠--中馬街道--

2006年12月16日(土) 愛知・長野県 曇り 28.3キロ 2.5万図 根羽 横道

国道153号線沿いの中馬街道、そま路峠に今年たぶん最後の山サイに行ってきました。

Somaji1 岩太郎さんと二人、稲武の道の駅どんぐりに車を停め、まずは153号を行きます。最初のうちはちょっと寒いくらい。

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道わきにある温度表示は1度Cになっています。

Tn_007_14 越田和という地名。越したわという語呂あわせではないとは思いますが、面白地名です。ちょうどちょっとした峠を越えたあたりです。

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国道わきにたくさんの馬頭観音がありました。

Somaji地図を見るとそま路峠は東側の小栃(こどち)から行くと林道が峠までいっています。そちらから上ることにします。その前に大野瀬トンネルの脇から小さな峠を越えている点線道をたどってみます。

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トンネル脇の階段の奥を少し歩いて偵察してみます。きれいな山道が続いています。

これなら行けると踏んだのですが、これがなかなか・・・。Tn_012_18

小さな沢沿いの道は最初のうちは、きれいだったのですが、途中畑か田んぼがあったようなところを過ぎると、次第に沢も細くなり、それとともに道もはっきりしなくなりました。

Tn_014_3 ついに道がわからなくなり、峠目前の急斜面はとても自転車では行けそうもありません。木につかまりながら、歩きで峠まで行ってみようということに。

峠直下は伐採された杉がそのまま放置されていて、苔むしています。

峠よりやや右の高いところに出ると稜線にははっきりした道があります。左に下り、峠に着きました。しかし、峠からはどちらも道が消えています。

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また来た方角に今度は杉をまたぎ越えながら、自転車をおいたところまで下ります。

Tn_022_6 帰りは少しは乗れるところもありました。

トンネル脇に戻るともうすでに12時。

少し休憩して、国道の旧道を月瀬まで行きます。

Tn_029_7月瀬は 今年5月に三国山に行った時、車をおいたところです。

大杉はやはりでかい。本(街道を歩く、春夏秋冬業書)で見たところによると日本第6位の大木だそうです。

Tn_033_8 Tn_034_2 月瀬、小栃と通り過ぎ舗装路を次第に高度をあげていきます。最後に露天風呂がある別荘らしきところを通りすぎると、ダートになりますが、まだ乗っていけます。

峠は切通しになっていて右手の上には石像が見えました。

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峠を過ぎてもまだ林道が続き下っていきます。お堂があるところで休憩。道を探します。

Tn_052_2 林道はもう少し先で二つに分かれているのですが、その先はどちらも道がありません。Tn_056_1

けっきょく、お堂の前から山道が林道とは反対方向にありました。杉の下枝が落ちているのですが、まあまあ乗れます。

Tn_057_2 下のほうにきてやっと指導標がありました。

Tn_058_4 意外に早く上り口に着きました。こちらからなら入り口に看板があったのです。中馬街道の大きな看板もありました。

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Tn_064_3 あとは153号を道の駅に向かって快適に下ってきました。

どんぐりの湯に入り、今年最後の山サイは無事に終えたのでした。

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2006年10月11日 (水)

薮原から鳥居峠、熊が出る?(中山道)

2006年10月8日(日) 長野県 17000歩 くもり 2.5万図 薮原

「父さん、これ欲しい?」娘が会社で勤続5年で木曽駒高原にある山荘の宿泊券をもらってきた。もちろん!いただく。

近くの鳥居峠を歩きに行くことに・・。

Torii3 高速で中津川まで行き、19号線を走る。

薮原に着いたのは、9時半を過ぎていた。駅に車をおいて歩きだす。

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 線路をくぐり、西側の町並みをぬけていく。

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もう一度線路をくぐりなおし上り坂になる。

・・。「町内放送で薮原おおぼらで熊が出ました。気をつけてください。」と言っている。そんなこと言ってもなあ。熊よけの鈴はふだんうるさいので車の中に入れっぱなし。山道に入るところに杖があったので、これを借りて地面をたたきながら歩くことにした。

Tn_019_5 山荘が空いている日に日程を合わせたので、予想どおり紅葉にはやや早い。

Tn_021_4 Tn_022_2 途中、地元の女性がひとりで登っているのに出会った。一昨年足を骨折してリハビリに登っているそうで、きのこを採りながらだった。

峠手前にトチの木の群生しているところがある。木祖村の天然記念物になっている。Tn_028_6

Tn_027_7 トチの実を拾いながら、峠にでた。オーストラリアの人たちが何人かいた。MTBが二台休憩所にたてかけてあった。

話をすると奈良井から上ってきたそうだ。

今回は歩きだが、MTBでも一度来てみたい。

お二人は薮原へと下っていった。

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昼食の後、奈良井へと下る。

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奈良井側にも塩尻市の熊注意の看板があった。

奈良井の町は長い。

Tn_053 Tn_049_3 1キロ近くにわたって両側に古い町並みがつづく。最初のつもりではもう少し中山道を歩いてみたかったのだが、次の駅までは1時間くらいかかる。今日はここまでにした。

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のんびり駅近くでコーヒーを飲んでいたら14:14の電車がでてしまった。3時台の電車で薮原にもどった。

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2006年9月30日 (土)

日の出~日の入りウォーク(姫街道)

2006年9月30日(土) 静岡県西部 64000歩 くもり 2.5万図 磐田 笠井 気賀 三ケ日 新居町

「夜のピクニック」恩田陸著 新潮文庫 

帯に9/30映画公開とあった。高校生が最後の学校行事で24時間のウォークをする小説であるが、第二回本屋大賞を受賞している。

この本を読んで24時間は無理だが、昼間だけならと日の出から日の入りまでの約12時間歩いてみようということに・・。本を読んでシリーズ(?、勝手に作るな!)の第1回である。これは面白かった本を読んだら、なんらかの企画を考えるというものである。

先週の23日が秋分で昼夜とも12時間。今日は日の出が5時40分。

JR東海道線天竜川駅近くから出発。あいにく小雨がぱらついたりしていて日の出は見られなかった。しかし、しっかり日の出時間とともに歩きだした。

Tn_002_5 Hime1 天竜川を渡った旧東海道は中の町から西に向かい、安間町で姫街道を分ける。今回は安間から姫街道をたどうことにする。酔狂にお付き合いくださったのは、shinjiさん。

街道も変わっていく。国道1号線は今新天竜川橋の工事中で、あさって10/2に開通式、10/8から供用開始とか。市野を通り、馬込川を渡る。

Tn_005_5 市野あたりの古い家。

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馬込川。

三方原追分に向けて上っていく有玉あたりで、最古のみちしるべがあった。文字は欠けたりしてはっきりわからないのだが・・。

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台地に上がり、松並木がある道路わきを北北西に歩く。

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六地蔵がある老ケ谷を過ぎ、長坂をくだって都田川と伊井谷川が合流する落合橋を渡って細江の町に入る。  Tn_029_4

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細江神社でお参りした。最近、私の周りであまりよくないことが起きる。その効果もなかったのか、三ケ日の町に入った最初のスーパーで強盗が入ったとのニュースを翌日の新聞で知ることになるのだが。(私は疫病神か?)

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途中、昼食を買いに姫街道をはずれてコンビニに寄り、復帰して引佐峠を越えた。

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みかん狩りでシーズンにはにぎわうみかん畑の中を枝が垂れるのを防ぐのだろうか、枝吊りがおもしろい。初めて見た気がする。

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田園地帯に出ると、稲刈りがまっさかり。大型のコンバインがあっという間に稲を刈っていく。

三ケ日で3時ころ。どこまでいけるかとこの後を地図を見ると天浜線の知波田駅あたりだろうと見当をつけ、浜名湖岸を南へ向かう。

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  瀬戸の赤い橋を左に見て西に折れる。

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知波田の歯医者さんがある駅に5時ちょっと過ぎに着いた。日没まではまだ30分くらいあるのだが、湖西連峰の山があるためじきに日が沈みそう。ここで本日の歩きは終了した。

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17時10分ころ、日が沈んだ。お疲れサマー。

Himekaidou 今日の全ルート。約40キロでした。

さて、日の出日の入り、自転車編があるのかどうか・・?

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2006年5月13日 (土)

白馬を眺めながら・・塩の道「千国街道」

2006年5月6日(土) 長野県 24500歩 2.5万図 白馬町 白馬岳 雨中

連休もあとわずか。まだカミさんとはどこへも行ってなかった。白馬方面に行きたいというのででかけた。

出発が遅かったので5/5は行くだけ。大町の塩の道博物館が偶然にもカーナビの地図がちょうど目にはいった。ちょっと寄ってみる。出口近くの土産売り場で2.5万図を使用した「塩の道 千国街道」というガイドブックを見つけて買う。

Tn_009_3 結果的にこれがよかった。八方尾根はまだ雪が残っていてちょっと無理っぽいので手に入れた地図で塩の道を歩くことにした。

白馬手前の姫川源流にちょっと寄ってみる。

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ミズバショウ、カタクリ、フクジュソウが咲いていた。いつも横を通っていたのに寄るのは初めて。道路からすぐ入れる。

Sionomiti1_1 八方の駐車場に車中泊。

翌朝、駅近くの足湯、薬師の湯から歩きはじめる。

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高校西側や、松川を渡る橋あたりで白馬三山(白馬鑓、杓子、白馬)がよく見える。

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信濃森上駅の近くから、新田の集落をぬけていく。桜が満開である。浜松とは一ヶ月も違うのか・・。

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切久保の諏訪神社のすぐ裏側には、路傍の沢沿いにミズバショウ、ザゼンソウ、カタクリなどが咲いている。

落倉の地蔵で休憩した。その先落倉自然園、道路の左に入って行くと、沢沿いに木道がありミズバショウ、ザゼンソウが群生している。

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山道に入ると雪が残っているところもある。

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栂池のスキー場の下付近まで来るとまた、白馬方面の山が見えるようになった。カミさんは逆コースならいつも山を見ながら歩けるのにと言う。

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沓掛には牛方宿があった。現存しているのはここだけだとか。300円を払って、中に入ってみた。ひんやりとした空気の中にいろりが二つ、牛を入れるところなどがあった。

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沓掛を過ぎると、急な下り。弘法清水などがある沢沿いに千国にでた。

千国番所跡があったが道路から眺めて通過する。

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白馬に戻らなくてはならないので、国道148号を地下道でくぐると大糸線の千国駅に出た。電車の時間も全然調べなかったわりにはちょうど20分待ちで乗れた。

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思いつきの歩きにもかかわらず、天気もよくたくさんの花も見ることができ充実した山歩きになった。

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2006年4月14日 (金)

熊野古道、尾鷲から八鬼山越え

2006年4月9日(日) 三重県 22700歩 2.5万図 尾鷲

昨年5月、熊野古道伊勢道のツヅラト峠と馬越峠を歩いた。その時は海水浴場の駐車場の脇にテントを張り、二日間で歩いた。今回は、その続き。

尾鷲の町の南、石油タンクの裏の桜が咲く登り口からスタートした。

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Tn_007 2006年三月、高速道路の紀勢道が伊勢道から伸びて浜松から尾鷲まで4時間で行けるようになった。

尾鷲も桜が満開で登り口あたりが尾鷲市民の桜のお花見場所らしかった。車をやや道路が広いところに駐車して歩きだす。

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歩き出しのところにタケノコを掘っているおじさんがいた。kumaさんがとれますかと聞くといのししに先にとられてダメだという。kumaさんも昨日タケノコを採ってきたばかりなのである。イノシシはあの大きな鼻で匂いで掘り出すのだろうか。

Yakiyama4 熊野古道伊勢道での最大の難所と言われた八鬼山越え。紀勢本線は海岸近くをトンネルをいくつも抜けていく。八鬼山の山頂近くを越えていくが、ずっと石畳が続いている。

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最大の難所とはいっても一般の旅人にとってという意味だろう。私たちはまあ山にたくさん行っているからして、そんなにはきびしくは感じなかった。

Tn_017 道の両側には尾鷲ヒノキがよく手入れされている。

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道脇には巨石が苔むしている。

実は、私は風邪気味。自転車通勤のおかげで風邪はひかないと言っていたのに・・・?この後、月曜日には鼻水がひどく早退することになった。結局家族4人に風邪をうつしてやっと治った。

それはさておき、熊野古道。Tn_036

Tn_037 八鬼山峠に着いた。ここから沢沿いの明治道と尾根の江戸道に分かれるが、江戸道を行く。

さくらの森を通りすぎ、見晴らしのいい広場に出る。入り江の集落は九鬼のようだ。

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ここから下り。

かなり急な道が続く。

Tn_046 世界遺産指定での地元との意識の違いがあったようだ。いたるところに意見表示があった。

が、我々は事情をよく知らない。ただ道を歩くのみ。

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下りきって三木里にでてきた。とりあえず駅へ・・。意外に早く着き、予定していた電車より一本前の12時14分に乗ることができた。

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今回の参加はkumaさんNさんiioさんshinjiさん。

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2005年12月 7日 (水)

与川道(中山道)

2005年10月30日 川西古道から与川道 長野県 32.7キロ

天白公園---恋路峠---野尻---根の上峠---与川道---古典庵跡---天白公園

以前、馬籠から妻籠まで歩いた。その先の与川道というのを歩きたいと思いながらなかなか行くチャンスがなかった。今回、自転車ではあるがやっと行くことができた。

Tn_001_8   南木曽駅の木曽川をはさんで西にある、天白公園からスタートした。岩太郎さん、kumaさんとのトリオ。

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Tn_009_7 恋路峠までは舗装路を行く。

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読書(よみかき)水路橋をくぐっていく。

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恋路峠まで意外にかかった。途中には旧道もあったのだが、上りは舗装路で‥。

峠からは旧道のシングルトラックを下る。kumaさんは下り得意である。ほとんど乗っている。私は乗れない。まあいいでしょう。安全第一です。

野尻のコンビニで食料を仕入れる。水とカップ麺。

Tn_035_4 根の上峠でお湯を沸かしカップ麺とおにぎりの昼食。

峠からシングルトラックの旧道を下っていく。

Tn_036_3 木の橋の上でおもいきり、コケた。

何で?前のふたりはそのまま行ったのに。

民家の庭を通ったり、イノシシ避けらしい扉を通ったりなかなか変化に富んでいる。

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Tn_042_5 2.5万図にある古典庵跡というのにも寄ってみた。

tn_048 三留野の町並みを抜けて天白公園へと戻った。

※今回のコースは峠おやじさんの与川道オフを参考にさせていただいた。

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2005年12月 4日 (日)

熊野古道中辺路

2005年10月8日-10日 和歌山県 27000,36000歩

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何年か前に渡瀬温泉でキャンプした時以来、熊野古道を歩きたいと思っていた。今年三連休があったので、雨の予報だったがでかけた。二日とも温泉付きのアイリスパークキャンプ場のバンガローを予約しておいた。

Tn_006_5 予報どおり、8日は雨。最初から雨具、傘で歩く。

近露までかなりの上りがあった。

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箸折王子を見て近露に着いた。

翌日は曇り。

Tn_033_4 Tn_037_5 野中の一方杉バス停から歩く。小広王子までは舗装された熊野古道。昨日はさすがに雨の中、歩いていたのは少なかった。今日は観光やら歩く人で人出は多い。

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ランニングで行く人もいた。

Tn_047_4 小広王子からは山道に入る。道は尾根筋ではなく中腹を巻いたり沢に降りたりして進んでいく。昔の人たちも水の補給のために沢筋に道をつけたのだろうか?

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古道には500メートルごとに番号がついた指導標が建っている。これは滝尻からあった。

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Tn_065_2 発心門王子には路線バスが来ている。

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本宮大社でお参りをしてキャンプ場にバスで戻る。

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最後の日はまた雨。速玉大社、那智大社に寄りながら、帰ってきた。

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