カテゴリー「京都へ行こう」の13件の記事

2009年9月18日 (金)

京都(13)春日井市民球場~大山~尾張富士

2009年9月13日(日) 晴れ 愛知県 29500歩 2.5万図 高蔵寺 小牧 犬山 

1

「ここは有料です。」

名鉄小牧線味岡駅、高架下の駐輪場にMTBをデポしようと、柵をまたいで中に入ろうとした時だ。入り口付近にいた男性二人が駆けつけてきた。それは知らなかった。

Aimg_0002 隣の袋小路に車を停めて、近いからと横からかついで入った。

(すみません、おかせてください。)一日100円だった。

帰りのバスがどうしても見つからず、今日はここからスタート地点まで自転車Aimg_0013 で戻る予定。

スタート地点、春日井市民球場の駐車場に車を停めた。看板を見るとみろくの森ハイキングにはここに車を置いてくださいと書いてある。

春日井神屋工業団地の東側を通る。ちらっと見えたトヨタの工場は住宅関連のようだ。

273.2メートルの鉄塔のある山が正面に見えた。この山に登ろうと、点線の近道らしきところは最初、舗装してあった。奥に車が数台停まっていて右上の斜面では草刈機の音がしていた。この道を進むとなにやら「とめて、とめて」と何か上で叫んでいる。どうも不審者に見られたのか?草刈機のエンジンを止めて男性が近づいてきた。

「どこへいくんですか?」「この道は本来私有地です」などと、理詰めで問いかけてくる。しかたがないので事情を説明してこの道が近道だからと地図を見せると、途中で道がなくなっているようなことを言う。

Aimg_0015あ、行けなかったら戻って来ますよとやっと開放してもらった。

しかし、いい道だ。ちょっと草が茂ってはいるが・・・。無事反対側の道路に出た。

Aimg_0024 池の横から中央高速をくぐって林道に入る。

途中、右の別れる道をたどって登って行くと鉄塔が突然といった感じであらわれた。

この山はdokomoの中継塔だった。尾根筋の点線道が最初、わからなくてぐるっと一周捜してしまった。台状の土台の石垣を飛び降りてやっと道があった。西に進む。

 

続きを読む "京都(13)春日井市民球場~大山~尾張富士"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

京都(12) 定光寺~みろくの森、西高森山(214.7m)

2009年8月30日(日) 晴れ 愛知県 23300歩 2.5万図 高蔵寺

1

Aimg_0201 中央線定光寺駅近くの廃業したホテルの駐車場に、車を停めた。東海自然歩道の消えそうな看板のところから山道に入っていく。

途中まで東海自然歩道を歩くつもり。道は昨夜雨が降ったらしく濡れている。

Aimg_0204 湿気が多く暑い。それに風もない。それでも樹林の中なので陽が当たらないだけでもいい。

今日はnakamuraさん ujiharaさんと三人。

ちょっと上ったところに御岳神社がある。トイレ、休憩所もあるのだが神社の犬がいつまでも吠えているのには閉口する。

入り口には木でできた狛犬?らしきものが両脇に控えている。

Aimg_0213 自然歩道を歩く間、ずっとブユ、蚊が顔のまわりをとんでいてわずらわしかった。

三角点ピークを過ぎて少し行ったあたりで、後ろからトレイル・ランをしている若い女性ふたりが追い抜いていった。少し、真似て走ってみたがnakamuraさAimg_0218 んに膝を痛めるからやめろと言われる。ま、それよりも走れない。

林道に出たところで、左方向、外之原に下る。高蔵寺の石尾台住宅街に出た。

2 団地の東側を北に進む。

Aimg_0225 細野キャンプ場入り口を過ぎて、春日井市少年自然の家まで来た。右手には植物園があるらしいのだが、ここは自然の家へ上っていく。

案内板を見るとキャンプ場から築水池に抜けられるようだ。場内にはハイキングコースがいくつもあるようで、そこここにハイカーがいた。

Aimg_0229 Aimg_0234 キャンプ場の炊事場&食堂らしいところで昼食にした。

テント場の中を下って池にでる。明治時代に築かれた堤防らしい。

Aimg_0244 Aimg_0245 池の北に下から上ってきた林道があり、ここの看板を見るとこのあたりは(みろくの森)というらしい。そういえば池の奥に見える山は弥勒山だ。

指導標に従い、西高森山に寄ってみた。このあたり浜北Aimg_0247 森林公園の中と間違いそうに似ている。山頂には大きなあずま家があり、南西側が見晴らせる。すぐ下に身障者コロニー、北西側に見えるのはトヨタ春日井工場か?

林道を下っていくとゲートがあり、そこを越えると春日井市民球場のそばAimg_0258 に出た。今日は衆議院議員選挙の日。私はまだ投票してない。早めに今日は切り上げた。大山口から名鉄バスで高蔵寺に出て、中央線で定光寺にもどった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月11日 (火)

京都(11) 愛知環状鉄道-山口駅から、瀬戸、定光寺へ

2009年8月9日(日) 曇り 愛知県 33000歩 2.5万図 瀬戸 高蔵寺

1 久しぶりの「京都へ行こう」だ。何回か計画したのだが、メンバーが集まらなかったり、天気が悪かったりで‥。

昨日はカンカン照りだったが、今日は曇りの予報。歩くにはちょうどいい。

iwazakiさん ujiharaさんと三人である。iwazakiさんは新しいシューズだ。ハイキングは今日で二回め。

山口駅周辺は駐車場所が見つからず、今日の予定コースを少し進んだ南山大学の東側の道路わきに停めた。(2.5万図の聖霊短大が南山大学になっていた)

Aimg_0023 この道をすぐに別れて左に進む。墓地のマークがあるところの建物は、瀬戸市の斎場だった。

一里塚町から、瀬戸の町に入っていく。瀬戸市の有形文化財の看板があったので行ってみた。閉まっているので中は見れない。

Aimg_0027 Aimg_0030 その近くにある寺に行ってみた。栄昌寺というのだが、横の階段から寺に失礼して入る。ちょうど尼さんが外出するところで、許可を得た。敷地内に日切地蔵があった。

後で調べたら、遠州から迎えいれたそうだ。

裏通りを北に進む。瀬戸川の手前で町並を散策する道標があったので右に入ってみる。

Aimg_0037 Aimg_0043 陶祖春慶翁宅跡を見て、瀬戸川を渡る。橋の欄干もよく見れば瀬戸焼だ。

西に裏通りを進む。神社に突き当たる。

Aimg_0058 Aimg_0057 Aimg_0055 深川神社だった。隣に陶彦(すえひこ)社がある。狛犬が都合三組ある。これは面白い。いちばん外の狛犬は親子だった。神社内の狛犬は陶製だった。(重要文化財の狛犬は宝物殿の中にあるらしい)

深川神社から北へ進む。峠を越えるあたりは採土場となっている。

Aimg_0070 土を採るのと、陶器を作るのは分業になっているんだろうな。この土があるからこそ瀬戸物があるのだろう。

続きを読む "京都(11) 愛知環状鉄道-山口駅から、瀬戸、定光寺へ"

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年6月13日 (土)

京都(10)猿投温泉から海上の森へ

2009年6月6日(土) 雨のち晴れ 愛知県 39000歩 2.5万図 猿投山 瀬戸

1 Aimg_0706 Aimg_0709 平戸橋いこいの広場に車を停めて歩き出す。公園を進むと、マレットゴルフ場があった。何組かの人たちが楽しんでいる。見ているそばで、イーグルをとった人もいる。和気あいあい、楽しそうだ。

Aimg_0712 右手の矢作川はこのあたり勘八峡といわれる。平戸橋あたりから見る河原には珍しい岩がある。

この道も行き止まりになり、左手の登り窯がある横を抜けて前田公園の入り口に出た。

Aimg_0715 Aimg_0717 長い階段を登る。まっすぐだ。途中の坂にはモミジが茂り、秋の紅葉の頃はよさそうだ。

今日は、iwazakiさんのウォーキングデビュー。今までMTBではご一緒したが、歩きは初めて。去年、お父さんと富士山に登りもう少し歩きも鍛えたいと‥。nakamuraさんと三人。

公園はちょっとした山で、途中からは石仏めぐりのコースが枝別れしている。山頂には観音像があった。

Aimg_0725 Aimg_0726 前田公園を抜けて、今は廃線となった猿投駅以北の名鉄三河線の御船駅跡に立ち寄ってみた。あわよくば、廃線跡を歩いてみようと思った。しかし、雨があがったばかりで線路あとは草が濡れている。私はちょっと歩いてみたのだが、nakamuraさんたちは線路わきの道路を行く。

Aimg_0731 この三河線。二度ほど乗ったことがある。いずれも東海自然歩道を歩いた時。広瀬から猿投神社まで歩いた帰り、猿投駅まで歩き猿投~広瀬間に乗車。もう一度は足助から広瀬まで歩いた帰り、広瀬~西中金を乗った。

2003年4月、廃止になる約1年前だった。

廃線跡ウォークはすぐに中止。道路を北に進む。

Iwaimg_1017_2_2 東海環状道路が見えると、左手の田んぼの中に何か見える。行ってみると「御船城址」だっAimg_0751Aimg_0755た。御船川に沿って北西に進む。

加納町の稲荷神社で昼食にする。加納町にも秋葉灯篭があった。

猿投温泉に進む。

続きを読む "京都(10)猿投温泉から海上の森へ"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月17日 (金)

京都(9)酒呑にはジュリンナがあった。梟ケ城址から鞍ケ池

2009年4月12日(日)晴れ 愛知県 37000歩 2.5万図 豊田南部 豊田北部

1 Aimg_0557 Aimg_0559 301号線沿いにある松平まんじゅうさんの向かい、こども園の裏手に登り口があります。松平自然歩道、辰の径ですがほんとうに行けるのかわかりませんが行くだけ行ってみます。

前回、九久平(くぎゅうだいら)のバス停まで来ました。今日はujihara iio nakamura shinji totigiさんと6人です。

Aimg_0581 しかし、このルートは山道から林道に出て林道終点まで行ったところから道がわからず、無理しないで引き返しました。

301号の道路沿い歩道を歩きます。下河内から歌石(うたし)方面への道を左にとります。峠を越えて下って行くと、右手の山はイノシシよけの電線がはりAimg_0576 めぐらしてあります。山の斜面はきれいに整備されています。

歌石園地の駐車場に着きました。南側に上ると山の上には桜が満開。そこから東に尾根道をたどると岩があります。

上ってみると岩にはハーケンが打ち込まれており、山頂はさらに東にあるようですが、ここのながめに満足して下ることにします。駐車場に戻り、今度は北に進みます。

Aimg_0585 梟ケ城址には展望台がありましたが、周囲の桜が意外にじゃまをしてあまり展望がよくありません。北へ下る道はコンクリートの階段が多く、それでも登ってくる人と5~6組、すれちがいました。

王滝の駐車場に出て、右に進みます。巴川を渡って右に進みます。

Aimg_0591 ゆるやかに道は上っていてカーブしたあたりふと右下を見ると、オーッ、この水路は!

発電所だったのです。何の音もせずに発電所の中に吸い込まれていきます。あまりのさりげなさに、驚きました。白瀬発電所です。(後日、調べAimg_0593 Aimg_0594 た)1920年という古い年代に作られたそうです。

路傍には、どういうわけか割れたシャチホコが立っていました。

峠を越えて行くと、右手の田んぼにキジがいました。

下ったところのT字路の正面は幸海小学校でした。

2 今回のルートを考えている時に酒呑(しゃちのみ)という珍しい地名を見つけました。これはぜひ現地に行ってみたいと、寄り道しました。

田んぼの中に続くのどかな道を歩いていきます。

Aimg_0615 あのあたりには店屋があるのかなと思いながら進むと、左手に石碑が立っています。

酒呑ジュリンナ遺跡」?なんだろうな。道路をはさんで反対側のお宅に人影が見えました。ちょっと伺ってみます。

このへんは酒呑(しゃちのみ)といって、ジュリンナはその中の小字(あざ)だという。

何と!ジュリンナも地名なのだ。あまりのことに、その後の「そこの家は苗字もカタカナだよ」という言葉を確かめもせずに‥。酒呑は不思議なところ。

酒呑にはジュリンナがあった!

続きを読む "京都(9)酒呑にはジュリンナがあった。梟ケ城址から鞍ケ池"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月29日 (日)

京都(8)奥山田しだれ桜、村積山~奥殿陣屋、大給城址

2009年3月20日(金) 雨のち晴れ 愛知県 23000歩 2.5万図 岡崎 豊田南部

1昨日の天気予報では、午後から晴れ。ということで雨でも歩いていればそのうち晴れてくるだろうと、予定どおり出発した。岡崎あたりで渋滞があり、雨あがりを待つにはちょうどいい。岩津に車を停めて歩きだす頃には、雨があがった。

Aimg_0099 今日は、ujiharaさん、 iioさん、 totigiさんの四人。最初に村積山(むらづみやま)を目指す。

ほんとの偶然だが、予定コースどおりに進むと奥山田に、持統天皇がお手植えになったと言われているしだれ桜があった。(1300年前)

Aimg_0101_2すでに6分咲きくらいにはなっている。雨あがりだが桜まつりAimg_0107の準備中。道路わきに石灰で駐車線を引いていた方にたずねると、車がいっぱいになるほど花見客が来るのだという。

が、今日はまだ雨あがりだしちょっと観光客が来るには早い時間帯だからなのか人影はまばら。

Aimg_0119 しばし、花見を楽しんだ後村積山へと進む。道路を登りだしてすぐ右に村積神社があった。

釣り人がいる池を過ぎて分岐を左に進むとすぐに、山道の入り口。

Aimg_0127

Aimg_0130 やや急な道を登りつめると神社がある山頂らしい。ちょうど登ってきた方に聞くと左手に展望台があるという。そちらに行ってみたが、風が強く寒いので奥殿陣屋に行くことにする。

神社の裏側を左にまわりこむと、道路がありすぐに山道の分Aimg_0133 岐があった。道は次第に急になり、土が流されて石がごろごろしている。こちらから登るのはきつそうだ。

熊野神社前の駐車場に降りた。さらに左に登りかえすと奥殿藩廟所に出た。そこから降りていくと陣屋に出た。

Aimg_0139 Aimg_0155 Aimg_0154 ここはそこそこの観光客がいる。

庭園の斜面にはカタクリの花が咲いていた。

陣屋から大給城址をめざす。

2 Aimg_0194 Aimg_0195 郡界川沿いを歩いていると暑くなってきた。

大給城址も山頂は風が強い。

すぐ下の岩ではクライミングをしていた。

久牛平に出て名鉄バスで、岩津にもどった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

京都(7)藤川~岡崎~道根往還~箱柳城址

2009年3月8日(日) 曇り 愛知県 41000歩 2.5万図 岡崎 幸田 豊田南部

1

Aimg_0611

藤川駅近くに車を停め、歩きだす。旧東海道の藤川宿の西のはずれ。小学校の近くには芭蕉の句碑があった。

今日はsinjiさんと二人。国道一号線を地下道でくぐり田んぼの中の道を歩く。車も通らずのんびりしている。この道は面Aimg_0616 白い看板がある。Aimg_0619

行く手のこんもりした森のような丘には神社があった。船山神社という。

乙川を渡って、左に進む。

旧東海道を少し歩いてみる。

Aimg_0647 Aimg_0655 大平町には大岡越前守の陣屋跡があった。

大平の一里塚を過ぎて東公園をめざす。

そこから道根往還という旧道があるという。今日の目玉だ。

Aimg_0667 Aimg_0668 が、スタート地点が見つからない。公園から東名高速を渡る二つの橋がある。そのどちらかだと思うのだが。西の橋めざして渡った。その上に志賀重昂の銅像があった。足した日本風景論を書いた人だったか‥。

南側に岡崎の町がひろがっている。さらに東へ進むと、駐車場に出てしまった。橋がない。中央公園に繋がる道を橋で越えるはずなのだが。もう一度もどる。ひとつ右に下る道をやしすごしてしまっていた。そちらに進むと道根往 2 Aimg_0674還の道標があった。

これだっ!南の橋を渡ってくる道に合流。道は舗装されている。橋を渡ってさらに進む。

Aimg_0682 池の脇から道が分岐。土の道になる。ところどころ道の脇が切り取られたようになっていて道は起伏がほとんどない。砂のような崩れそうな土質だ。

ほとんど人に会わないのだが、自転車が二台すれちがった。

Aimg_0688 Aimg_0690 小呂湿地の道標がある分岐で、道根往還と別れ小呂湿原と道根往還の間の道を進む。少し下って笹の茂ったところを過ぎるといい道になった。

峠で道が十字路になっている。地図の地点かと思い右へ下 った。箱柳に降りて道路に出て、下ってきたのは地図上の点線道ではないことに気付いた。それよりも東に出たようなのだ。

箱柳からもうひとつ、点線道の山越えをしようと進んだが、次第に道がはっきりしなくなった。湿地帯に踏み込んでしまい、あたりはイノシシらしい足跡だらけ。道はないと確認して箱柳へもどった。

Aimg_0725_2 反対側に箱柳城址の看板があった。

 

 

続きを読む "京都(7)藤川~岡崎~道根往還~箱柳城址"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 4日 (水)

京都(6)京ケ峰(キョウガミえネー!)から藤川

2009年2月27日(土) 曇りのち晴れ 愛知県 36000歩 2.5万図 御油 幸田 岡崎 

1 Aimg_0393 Aimg_0409 前回の到達地、名電赤坂駅から歩きはじめる。ちょっともどって今回、初めて旧東海道を少し歩いてみた。(京都に行くというのに東海道を歩かないというへそ曲がり)nakamuraさん、 shinjiさんと三人。

御油の松並木のはじっこまで行ってみた。かなりの松が切られていた。 赤坂の大橋屋さんは古い旅籠。今も営業中か?

Aimg_0423長沢のお寺のとなりの民家におびただしい数の石のきれいな絵が描かれて、家の前に並べられていた。

長沢で旧東海道から離れる。京都へ行こうとしては、北にある京ケ峰を見逃すわけにはいかない。

Aimg_0443南からの林道終点から、道はないだろうけどヤブコギ Aimg_0448 Aimg_0451 覚悟で登る。途中、行き過ぎたりして、意外に時間がかかった。林道が最後の沢のカーブするあたりから赤テープをたよりに急登を汗だくになりながら登った。

尾根に出るとしっかりした道が付いている。

2 Aimg_0455左に進み、木に巻かれたテープに初めて指導標があった。

京ケ峰山頂には二等三角点があるだけ。展望はない。山名表示の木札が三つほどあった。

そのままさらに進み、林道に出て下る。

Aimg_0475衣文(そぶみ)観音がある渭信(いしん)寺に寄る。十一面観世音菩薩は、前田利家公の守り本尊だったそうである。

Aimg_0489 Aimg_0496 衣文から池金へ点線道で山越えの道を行った。右手にはアイシンの工場があった。山の上は工場用地造成中らしい。真ん中を突っ切って行こうと思ったが、はたして行けるのか?

左手下に調整池ができている。池の下を東名脇の道路へ出Aimg_0503 られそうだ。そちらへ下る。しばらく東名沿いに行ってから、左に東名をくぐる。

鉢地川の堤防を歩き、時間がなくなってきたので藤川方面へ点線道で峠を越えようと左に入る。

Aimg_0507 この道がなかなかいい道で、切通しの峠手前から右に分岐して尾根を行く道もはっきりしている。尾根づたいに進む。

快適な山道を進むと人影が。おじいさんとお孫さんが、石拾いをしていた。北側に見える砕石場は、鋳物の湯口に使ったとかかなりむずかしい話をされた。

この先の道を尋ねると「イチハタサン」から少し行った先から池に降りる道があるという。

続きを読む "京都(6)京ケ峰(キョウガミえネー!)から藤川"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

京都(5)鹿よ逃げろ~東上から観音山

2009年2月7日(土)晴れ 愛知県豊川市 36600歩 2.5万図 新城 御油

1_2

Aimg_0007 東上駅の近く車を停めた。駅から飯田線の線路に沿って西に進む。

ふるさと自然の道という表示柱があった。東上は新城市かと前回は思っていたが、実はすでに豊川市に入っているのでAimg_0010 あった。今日は、ujiharaさん、 nakamuraさん、 iioさん、 tochigiさんと五人。

籆繰(わくぐり)というむずかしい字を書く神社は安産のお宮だそうだ。もう私には用はないなあ。でも、娘がそのうち頼みにくらか?神社の森は豊川市の天然記念物になっていた。

Aimg_0019 本宮山の南の山すそを通る道は畑のむこうに、ゆったりとした本宮山が見える。

自衛隊の演習場手前の田んぼわきで、昼食をとっていると”バーン”と音がした。後ろだ。もう一発。おい、おいこんな近くで猟銃じゃないだろうな。ujihara2 さんは猿おどしだろうという。

iioさんがコーヒーを作ってくれた。そのうち軽のジープが後ろの道路を通った。道路いっぱいに荷物をひろげてあり、急いでかたづける。無言の運転者Aimg_0052 はどうも猟のようだなあ。そのうち猟友会にベストを着た別の軽トラックも通る。後ろの山の廻りをいったりきたりしているようだ。あと二回銃声がした。

食事も終わり、ザックを背負って歩こうと立ち上がると。

2_2 あれっ、鹿だ。
後ろにいつのまにか立っていたのだ。猟銃に追い立てられて出てきたのだ。向こうにはジープがいる。でも、気づかれてはいないようだ。写真を撮ろうと3 Aimg_0072すると走りだした。一枚だけ撮った。左手の畑のほうに消えていった。ガンバレ!撃たれるなよ。千両(ちぎり)町から峠を越えて財賀町へと入った。

Aimg_0081 Aimg_0101 Aimg_0104 今日唯一の山、観音山へと入っていく。財賀寺の山門の仁王は、国指定のAimg_0103重要文化財になっていた。

観音堂の横をさらに奥に登っていくと豊川自然歩道の指導標があった。そこから右手に尾根を進む。急な登りでひと汗かくと山頂に着いた。

南に三河湾と渥美半島がかすんで見える。


 

続きを読む "京都(5)鹿よ逃げろ~東上から観音山"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月31日 (土)

京都(4)三ケ日~千頭峯城址~宇利峠、新城へ

2009年1月25日(日) 晴れ 静岡県西部、愛知県 34000歩 2.5万図 三ケ日 新城 三河富岡

1

三ケ日からは、姫街道の本坂峠越え、中山峠という選択もあったが、どちらも以前行ったことがある。今回は宇利峠方面に進むことにした。

途中、町の裏手(北)にある山の裾にある神社マークがこんなに近い場所に四つもある。それを見ていこう。三ケ日駅の駐車場に車をおく。奥のほうに空きがあった。電車で戻ったときに気付いた。来週、ここからDMV(デュアル モード ビークル)の実証実験があるそうだ。(1/31 2/1 2/2)来週だったら車は停められなかった。

Aimg_0566 Aimg_0572 Aimg_0576 まっすぐ北に向かう。小学校にある電子基準点のマークも気になった。校庭の基準点を見て裏手に登る階段を見つけ、そこが神社の上り口だった。

Aimg_0577 Aimg_0578 いちばん東の神社は秋葉神社。その下に左手方向に水平の道があった。左に進むと難しい字だが、たま田稲荷社があった。何人かの人がいて、尋ねるとこれから参道の鳥居を3本交換するのだという。さらに左手に進むともうひとつの神社。名前はわからなかったが、鳥居の裏には寄付者、内山さんの名が‥!

Aimg_0587 Aimg_0590 Aimg_0593 四つめの神社は見当たらなかったが、稲荷社の奥の社かもしれない。点線道ははっきりしなかったが、適当に畑を抜けていくと、KDDIの中継塔、送電線鉄塔を通過してあとは、やぶこぎで高みを目指す。

頂上手前あたりで、(おっ、何か城址みたいな感じ)と思った。帯状の水平に平らなところがぐるっと廻っている。頂上は木が茂っているが、平ら。右Aimg_0603 下に赤テープを見つけてそちらに下って行くと、看板があった。やはり!砦跡だったらしい。鯉山砦とある。逆方向から来ているそのテープを目印に下る。東の道路に出た。この道は前回風越峠から通った道だった。

Aimg_0622 看板に従い千頭峯城址に向かう。トンネル手前から左手に山に入る。しっかりした指導標に導かれて山頂へ。南北朝時代の城址だった。
摩訶耶寺の裏手に下りて、宇利峠に向かう。最初、雨生(うぶ)山を通ることも考えたが、どうも道が荒れているようなので中止。301号線から才ノ神を通ってみた。これがよかった。

Aimg_0634 こちらは、旧道だった。看板によると三州街道の旧道で昔は宿もあったという。
東名三ケ日トンネルの入り口のすぐ横を通り、再び301号に出て宇利峠はすぐだった。手前の林道入り口で同行の shinjiさんと昼食。その間に林道ゲートの鍵を開け、待つ人がいた。やがて奥から軽トラックが四台降りAimg_0645 てきた。皆無線機を附けており、猟をする人たちらしい。

峠を越え、愛知県に入る。右に入る点線道を捜したが、二つともわからず。

東名をくぐってからは、田舎道を選んで進む。

 

続きを読む "京都(4)三ケ日~千頭峯城址~宇利峠、新城へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日 (日)

京都(3)竜ケ石山から三ケ日へ

2009年1月3日(土) 晴れ 静岡県西部 43000歩 2.5万図 気賀 三ケ日 伊平 三河富岡

1 A_001 普通に考えると京都へ行くなら、ここは姫街道・・と思うところだがすでに何回か歩いている。従って今回はちょっと寄り道。

竜ケ石山に行く。

A_009 落合橋近くの都田川の河川敷に車を停めた。

天浜線にガードをくぐって北へ進む。

清水橋まで来た。橋の東側にはかって軽便電車(奥山線)の気賀駅があった。最初、奥山まであった線路は気賀までに縮小し、その後都田口駅まで縮小。最後に私が中学を卒業する前の年(昭和39年)に廃止になった。小学校の頃には奥山A_031 まで電車に行った記憶がある。

そこからもう少し行ったところでujiharaさんが急用のため、途中で帰られた。

ここから井伊谷宮へ行く。今年最初の歩きなので初詣をする。本殿左手を奥A_033 に入ると、宗良親王の墓があった。後醍醐天皇の皇子だったとある宮内庁の看板があった。

入り口の扉が開いて入れた。中に入ってお参りする。

A_042 その奥を適当に西に向かうと先ほどの軽便鉄道の跡の道路に出た。

竜ケ岩洞(りゅうがしどう)へと右に曲がり、鍾乳洞へは入らず右に曲がって林道を上っていく。

A_051 A_053 看板のところから山道に入る。20分ほどで山頂に着く。展望台がある。この山は359.1メートルで三国一の山と読むのだそうだ。南側は切り払われて見晴らしがいい。

10年以上前になるが子どもたちを連れて登った時は低木に2 囲まれた静かな山頂だったのだが・・。

今来た道を戻り、トイレのところを右に行く。林道が大きく左に曲がるところで右に山道に入る。すぐに林道に出て左に進む。

A_070 広い道に出て左の進む。峠を越えて背山(うしろやま)から奥山に出た。ここで昼食。

意外に時間がかかっている。すでに一時を過ぎている。三ケ日まで行けるのか?悩んだ末行くことにする。

A_073 奥山のバス停から左下の道路に出る。右に風越峠に向かう。富幕集落を過ぎて峠への近道に入る。入り口はこの先行き止まりの看板がある。最奥の民家で道があるか尋ねると、最近手を入れてないから行けるかなあ?と笑っていた。そこは自己責任で進む。

やはりすぐにヤブこぎになった。

続きを読む "京都(3)竜ケ石山から三ケ日へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 2日 (金)

京都(2)葵町から、姫街道、落合橋

2008年12月30日(火) 晴れ 静岡県西部 16300歩 2.5万図 浜松 気賀

A2_002

前回の続き。
葵町から歩き出す。まだ暗い。朝のウォーキング。最短ルートを自衛隊の滑走路がじゃましている。本田技研の南側の道を行く。

1

高丘中央通りをまっすぐに進む。10代の頃高丘にある会社に勤めていた。A2_015 その後、高丘地区は区画整理が行われ私の記憶とは大幅にくいちがっている。

今回新たの私のイメージを構築するべく廻りをみながら進む。この広い道、なんとこれが歩道なのだ。shinjiさんの家がどこかにあるはずなのだが、いつA2_017 もカーナビの案内で行くので見当がつかない。

この高丘の道は普通の東西南北にはなっていない。地図を眺めてみると基本的に姫街道と平行、直角になっているような気がする?

まっすぐに進んで東名高速のガードをくぐる。すぐに左の曲がりまたまっすぐに進む。

A2_024 西丘町のあたりは開墾と呼ばれていると看板があった。私の実家三方原台地の北でも開墾と言っていた。

浜松環状線の道路を横断橋で渡る。

A2_032 A2_041 A2_044 やや下っていくと花川運動公園があった。入り口近くに蛇が巻きついたような面白い藤ツルがあった。

花川小学校の前を右にカーブして左に曲がる。坂を下っていく途中に井伊谷の井伊家の先祖のお福生誕の地があった。これは‥。井伊谷へも寄らねばなるまい。

A2_050 A2_055 小さな川を渡り上って送電線が見えてくる。この先の谷へ下っていくと、川の向こうへまっすぐ行けるかと思っていたが道がない。川の横を左に進み二つめの橋のところで道があった。

この谷は上流は聖隷三方原病院や姫街道の大谷ゴルフ横を流れる大谷川が南西方向に流れている。ゴルフ場は意外に広く送電鉄塔のそば、木の茂みの切れ目からゴルファーが歩いているのが見えた。

谷周辺は廃棄物を埋め立てているところが多い。

谷を上ってまっすぐ進んだ後、右に曲がる。左に折れてまっすぐに行くと姫街道に出る。すぐ先に旧道入り口。旧道を進む。

 

続きを読む "京都(2)葵町から、姫街道、落合橋"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月30日 (火)

京都(1) 自宅から葵町まで

2008年12月28日(日) 晴れ 静岡県西部 15000歩 2.5万図 浜松 磐田

1 またしても始めてしまった。

「目指せ日本海」があと一回来春になったら行く予定。今年は忙しい年だった。しばらくはシリーズではやめようと思っていたのに‥。

が、以前歩いた旧東海道が熱田でストップしたまま。その後を続けようか迷っていた。それも10年以上前の話。どうせなら最初から行こうか。

2 そうだ、京都へ行こう。聞きあきたコピーながら私にとってはまだ最初。例によってルートは既存の街道等に左右されない。到達したところでまた次のルートを考えることにする。

京都への最短ルートを引いてみた。浜名湖を避けて北に一本引いてみる。気賀のあたりまで。

その後、熱田あたりまでまっすぐに。そして京都。ほぼ三本の直線で京都に行けそうだ。

ただその途中でおもしろそうなところは寄り道する。
なるべく山道に近いところを通る。

原則はだいたい以上。あと、最後は中山道で京都に着きたい。

A1_001_1 昨夜のうちに地図は印刷した。朝、いつもの時間(5時)に起きて地図、カメラ、財布、ケイタイを持って家を出る。まだ暗い。

近所の神社で写真を撮ろうとしたら、バッテリーがない。急いで電池を交換する。ケースに予備がいつも入れてあるのだ。

A1_004京都まで何をテーマにしたらいいのか悩む。まだ決まっていない。神社があったら寄るというのもいいかなあ?

芳川を新幹線の南側の橋を渡り、新幹線の下を北へ曲がる。

A1_020蒲神明宮の横を通り、船越公園を抜けていく。やっと陽がのぼった。

見本最短ルートは北西方向にすすんでいるので、西に行っては、北へ行くというふうに曲がっていく。


続きを読む "京都(1) 自宅から葵町まで"

| | コメント (0) | トラックバック (0)