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2009年3月29日 (日)

京都(8)奥山田しだれ桜、村積山~奥殿陣屋、大給城址

2009年3月20日(金) 雨のち晴れ 愛知県 23000歩 2.5万図 岡崎 豊田南部

1昨日の天気予報では、午後から晴れ。ということで雨でも歩いていればそのうち晴れてくるだろうと、予定どおり出発した。岡崎あたりで渋滞があり、雨あがりを待つにはちょうどいい。岩津に車を停めて歩きだす頃には、雨があがった。

Aimg_0099 今日は、ujiharaさん、 iioさん、 totigiさんの四人。最初に村積山(むらづみやま)を目指す。

ほんとの偶然だが、予定コースどおりに進むと奥山田に、持統天皇がお手植えになったと言われているしだれ桜があった。(1300年前)

Aimg_0101_2すでに6分咲きくらいにはなっている。雨あがりだが桜まつりAimg_0107の準備中。道路わきに石灰で駐車線を引いていた方にたずねると、車がいっぱいになるほど花見客が来るのだという。

が、今日はまだ雨あがりだしちょっと観光客が来るには早い時間帯だからなのか人影はまばら。

Aimg_0119 しばし、花見を楽しんだ後村積山へと進む。道路を登りだしてすぐ右に村積神社があった。

釣り人がいる池を過ぎて分岐を左に進むとすぐに、山道の入り口。

Aimg_0127

Aimg_0130 やや急な道を登りつめると神社がある山頂らしい。ちょうど登ってきた方に聞くと左手に展望台があるという。そちらに行ってみたが、風が強く寒いので奥殿陣屋に行くことにする。

神社の裏側を左にまわりこむと、道路がありすぐに山道の分Aimg_0133 岐があった。道は次第に急になり、土が流されて石がごろごろしている。こちらから登るのはきつそうだ。

熊野神社前の駐車場に降りた。さらに左に登りかえすと奥殿藩廟所に出た。そこから降りていくと陣屋に出た。

Aimg_0139 Aimg_0155 Aimg_0154 ここはそこそこの観光客がいる。

庭園の斜面にはカタクリの花が咲いていた。

陣屋から大給城址をめざす。

2 Aimg_0194 Aimg_0195 郡界川沿いを歩いていると暑くなってきた。

大給城址も山頂は風が強い。

すぐ下の岩ではクライミングをしていた。

久牛平に出て名鉄バスで、岩津にもどった。

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2009年3月22日 (日)

新城市長篠合戦、信長本陣周辺を歩く

2009年3月15日(日) 晴れ 愛知県 32000歩 2.5万図 新城 高里 三河大野 三河富岡

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Aimg_0003 飯田線、茶臼山駅前に車をおいて北へ歩き出す。爆竹の音がずっとしている。

行く手にある松尾神社のお祭りらしい。ちょっと神社に寄ってみた。家康の長男、岡崎信康が陣をおいたところだと、看板があった。神社の中は祭りの準備中でみなさん忙しそう。場違いな感じがして、そそくさと通りぬ Aimg_0007 けた。神社裏を北へ進む。

Aimg_0011 信長本陣跡の看板のところから北へ入る。舗装道路を進み、途中に山住神社への右にのぼる階段があったが、そのまま進む。右にもどる感じで上に道が分かれる。

Aimg_0028左に大きく巻きながら上って茶臼山公園に着いた。三角点があるが、本陣跡はここではないようだ。さらに進み駐車場から山道になり、登りきったところが本陣跡だった。茶臼山神社がある。周りは木が茂っていて見えない。が、かなり高いので長篠の激戦地を上から見下ろしていたのだろう。最前線には家康がいた。

Aimg_0042 Aimg_0044 下って、地図上の点線道を進む。しかし、この道はすべて舗装された林道富永線になっていた。ほぼ点線道どおり。

雁峰林道に出た。昨年11月、雁峰山からこちらへ下ろうとして失敗した。

Aimg_0046 Aimg_0048 今日はこちらから道がわかれば登ろうかと思ってきたのだが‥。林道を右に進んでみる。沢を巻くあたりから点線道があるかと思ったのだが、わからない。引き返して、雁峰山はあきらめた。(が、あとで、ウオッちずで調べたら、少し右に進んだ地点から左に上る通行止と入り口にあった荒れた林道が、その間違えた地点につながっているようだ。)

Aimg_0052 左に雁峰林道を行く。たいくつだ。周りは見えない。舗装はされているが、基点からの距離表示を見て、歩測してみる。最初の一キロは歩数を間違えたか100メートル不足。次の地点はぴたり距離があった。

途中、一ヶ所見晴らしがいいところがあった。吉祥山が見える。

Aimg_0058 上平井林道を下る。通行止めの表示があったが、歩きなら大丈夫だろう。ここまでだれにも会わなかったが、反対方面からバイクが通り過ぎていった。上平井林道は舗装工事中。まだまだ時間がかかりそうだ。途中、日曜日なのに工事をしていた。

2 Aimg_0083林道を下りきって、右に進む。徳定から作手方面の点線道を見たかったのだが、すでに昼過ぎ。今日は無理だろう。徳定から新城城に行くことにした。

が、予定変更したので地図がない。ケイタイの地図を試してAimg_0087 みた。時間はかかるが、なんとか見られる。新城小学校のグランドあたりが新城城だったのだという。南側に土塁が少しあるが、あとはなにもない。

茶臼山駅にもどり、帰宅する。

今回、新城の地名の由来地を見ることができた。

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2009年3月13日 (金)

京都(7)藤川~岡崎~道根往還~箱柳城址

2009年3月8日(日) 曇り 愛知県 41000歩 2.5万図 岡崎 幸田 豊田南部

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Aimg_0611

藤川駅近くに車を停め、歩きだす。旧東海道の藤川宿の西のはずれ。小学校の近くには芭蕉の句碑があった。

今日はsinjiさんと二人。国道一号線を地下道でくぐり田んぼの中の道を歩く。車も通らずのんびりしている。この道は面Aimg_0616 白い看板がある。Aimg_0619

行く手のこんもりした森のような丘には神社があった。船山神社という。

乙川を渡って、左に進む。

旧東海道を少し歩いてみる。

Aimg_0647 Aimg_0655 大平町には大岡越前守の陣屋跡があった。

大平の一里塚を過ぎて東公園をめざす。

そこから道根往還という旧道があるという。今日の目玉だ。

Aimg_0667 Aimg_0668 が、スタート地点が見つからない。公園から東名高速を渡る二つの橋がある。そのどちらかだと思うのだが。西の橋めざして渡った。その上に志賀重昂の銅像があった。足した日本風景論を書いた人だったか‥。

南側に岡崎の町がひろがっている。さらに東へ進むと、駐車場に出てしまった。橋がない。中央公園に繋がる道を橋で越えるはずなのだが。もう一度もどる。ひとつ右に下る道をやしすごしてしまっていた。そちらに進むと道根往 2 Aimg_0674還の道標があった。

これだっ!南の橋を渡ってくる道に合流。道は舗装されている。橋を渡ってさらに進む。

Aimg_0682 池の脇から道が分岐。土の道になる。ところどころ道の脇が切り取られたようになっていて道は起伏がほとんどない。砂のような崩れそうな土質だ。

ほとんど人に会わないのだが、自転車が二台すれちがった。

Aimg_0688 Aimg_0690 小呂湿地の道標がある分岐で、道根往還と別れ小呂湿原と道根往還の間の道を進む。少し下って笹の茂ったところを過ぎるといい道になった。

峠で道が十字路になっている。地図の地点かと思い右へ下 った。箱柳に降りて道路に出て、下ってきたのは地図上の点線道ではないことに気付いた。それよりも東に出たようなのだ。

箱柳からもうひとつ、点線道の山越えをしようと進んだが、次第に道がはっきりしなくなった。湿地帯に踏み込んでしまい、あたりはイノシシらしい足跡だらけ。道はないと確認して箱柳へもどった。

Aimg_0725_2 反対側に箱柳城址の看板があった。

 

 

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鳥羽山城址、見学会

2009年3月7日(土) 晴れ 静岡県西部 
Aimg_0576 浜松市天竜区二俣にある鳥羽山城址の見学会に行ってきた。

こういった見学会は初めてである。ujiharaさんに誘われた。天竜川をみおろす山にある。入り口でパンフレットをもらう。

Aimg_0584 10時半から説明があった。100人くらいはいただろうか。三組に別れて別の場所で説明を聞いた。本丸への大手道の幅が約6メートルもあった。これは安土城と同じくらい。

約1時間ほどの見学会だった。

Aimg_0598本丸を囲む土塁の南西かどには、三角点があった。

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2009年3月 4日 (水)

京都(6)京ケ峰(キョウガミえネー!)から藤川

2009年2月27日(土) 曇りのち晴れ 愛知県 36000歩 2.5万図 御油 幸田 岡崎 

1 Aimg_0393 Aimg_0409 前回の到達地、名電赤坂駅から歩きはじめる。ちょっともどって今回、初めて旧東海道を少し歩いてみた。(京都に行くというのに東海道を歩かないというへそ曲がり)nakamuraさん、 shinjiさんと三人。

御油の松並木のはじっこまで行ってみた。かなりの松が切られていた。 赤坂の大橋屋さんは古い旅籠。今も営業中か?

Aimg_0423長沢のお寺のとなりの民家におびただしい数の石のきれいな絵が描かれて、家の前に並べられていた。

長沢で旧東海道から離れる。京都へ行こうとしては、北にある京ケ峰を見逃すわけにはいかない。

Aimg_0443南からの林道終点から、道はないだろうけどヤブコギ Aimg_0448 Aimg_0451 覚悟で登る。途中、行き過ぎたりして、意外に時間がかかった。林道が最後の沢のカーブするあたりから赤テープをたよりに急登を汗だくになりながら登った。

尾根に出るとしっかりした道が付いている。

2 Aimg_0455左に進み、木に巻かれたテープに初めて指導標があった。

京ケ峰山頂には二等三角点があるだけ。展望はない。山名表示の木札が三つほどあった。

そのままさらに進み、林道に出て下る。

Aimg_0475衣文(そぶみ)観音がある渭信(いしん)寺に寄る。十一面観世音菩薩は、前田利家公の守り本尊だったそうである。

Aimg_0489 Aimg_0496 衣文から池金へ点線道で山越えの道を行った。右手にはアイシンの工場があった。山の上は工場用地造成中らしい。真ん中を突っ切って行こうと思ったが、はたして行けるのか?

左手下に調整池ができている。池の下を東名脇の道路へ出Aimg_0503 られそうだ。そちらへ下る。しばらく東名沿いに行ってから、左に東名をくぐる。

鉢地川の堤防を歩き、時間がなくなってきたので藤川方面へ点線道で峠を越えようと左に入る。

Aimg_0507 この道がなかなかいい道で、切通しの峠手前から右に分岐して尾根を行く道もはっきりしている。尾根づたいに進む。

快適な山道を進むと人影が。おじいさんとお孫さんが、石拾いをしていた。北側に見える砕石場は、鋳物の湯口に使ったとかかなりむずかしい話をされた。

この先の道を尋ねると「イチハタサン」から少し行った先から池に降りる道があるという。

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