カテゴリー「山歩き2007」の16件の記事

2007年12月28日 (金)

花丸峠(御殿山を目指すも失敗)

2007年12月15日(土) 曇り 愛知県 24400歩 2.5万図 三河本郷 見出

4 2006年の三月にkumaさんと花丸峠に行った。今回、御殿山に行こうと思ったのだが、御殿山だけでは午前中で終わってしまいそうな気がした。
そこで花丸峠から尾根伝いに御殿山に行こうと企てた。
Aa_001 _003
月の小学校の駐車場に車を停めて歩きだす。

御殿川に沿って神田(かだ)を目指していく。

Aa_014Aa_013 途中、土砂崩れ防止工事をしていた。右側斜面の上で木を切っていたのだが、旗振りのおじさんが我々に気付いて工事を中断して通してくれた。

このおじさん、地元の人らしく花丸峠に行くというと「熊が出るから気をつけてな」という。えっほんとにと聞くと「うそだよ」あっさり返された。おいおい・・。

Aa_015
林道が左右に分かれる地点がある。右側ひ曲がる林道が花丸峠に続いている。この先の点線道がわからなかったら戻ってここから花丸峠に行くことにして今はいったんは通りすぎる。

Aa_017 Aa_019

右に町道218号の看板があるところからもどるように、右に山道があった。これが点線の花丸への道だろう。

石垣で補強されたところもあり、かなりしっかりした道だ。
Aa_026 左に分かれ道があったがまっすぐ進んでみた。しかし、送電線鉄塔に出てしまう。
もどって先ほどの分岐を左に進む。

すぐに石仏があった。

Aa_025 さらに進むと右下に林道が見える。

次第に道が荒れてきて崩れている。
堆積した岩をぬって進むが、時間がかかる。
ここは下の林道を進むことにする。
Aa_030 Aa_032
林道終点から山道になったが道は続いている。

岩が切通しになったところに出た。
このあたりで左に曲がるのか?
Aa_034 しかし、まっすぐ進む道もあるような気もする。

細い沢のようなところを過ぎると斜面が次第に急になった。
道をはずしてしまったようだが、もう少しで峠のようだ。上が明るくなっている。歩きやすいところを登る。
Aa_038 細い尾根状のところを登り、道に出た。以前、自転車で来た道のようだ。
左にしばらく進むと、花丸峠だ。

峠の石碑を今回よく見たら(右 月 左 粟代)と彫ってあるようだ。

Aa_037今日はここから尾根づたいに御殿山をめざす。

尾根にはほぼ地図どおりに道があった。

しかし、意外に時間がかかっている。

Aa_042 Aa_047 この尾根の途中のやや日当たりがいいところで昼食にした。

さらに行くと左手から道があわさり、近くには石碑があった。

Aa_045 粟代から登ってくる道のようだ。

道はその先で右にくだっていくので尾根を登ると、急に道が悪くなった。笹の中の踏み跡程度しかなく、小ピークで無理は禁物と右に下り、先ほど分かれた道に合流。

あとは道なりに歩いて寺甫(てらんぽ)に出た。

Aa_059 ここは御殿山の登山口。しかし今から登るのではちょっと遅い。

今日はこれで終了にする。Aa_066

槻神社を見て帰ってきた。

三ツ井の民家の小屋でなにか音がする。見上げてみると奥に鬼の面。ちょっと寄って話しを聞かせてもらう。

Aa_073 東栄町の花祭りのお面らしい。おじさんは、テレビにも出たのだという。三つおいてある面を買ってくれんかというので、いくらなのかと聞くと50000円でいいと・・。

また宣伝しておくねと返事をする。

Aa_074 ノミで軽々と気持ちよさそうに削っていた。

車のもどって(とうえい温泉)に入って帰る。

今回の参加者は、nakamuraさん、 ujiharaさん、 shinjiさん。

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2007年11月25日 (日)

可児川から、犬山城へ

2007年11月18日(日) 曇り一時雨 岐阜・愛知県 22500歩 2.5万図 犬山 小泉

1 去年3月に内津峠から善師野まで歩いた。善師野から犬山までが最後の愛知県区間なのだが・・・・。それでは少し短すぎる。そこで、可児川から歩くことにした。

名鉄可児川駅の有料駐車場に車をおく。一日600円。今日は歩いた後、名鉄Aa_002 広見線で戻る予定なのでここが便利なのだ。

駅からまっすぐに西北西に向かう。Aa_003

可児川はそんなに川幅はないのだが、橋よりかなり水面が低く渓谷美を見せていた。Aa_008

橋を渡ってすぐに大脇に、鳩吹山の登山者用駐車場があった。ほぼ満車。このへんでは人気がある山のようだ。3~4人が登る準備中らしかった。

Aa_012 Aa_014 ここに土田城址の案内板があった。この左手の172メートルの山頂一帯が城址らしい。地図によれば北から一峰、・・四峰まであり、四峰から反対側の国道41号線の側道まで降りられるようだ。

Aa_015ここは、自然歩道をそれ登ることにする。今日のメンバーの一人、ujiharaさんは、大の城址好き。

急な登りだが、標高差は100メートルほど。じきに稜線にでる。着いたところは本丸跡のようだ。本丸南には堀切があった。

Aa_032 南へ尾根をたどり、四峰からくだる。

41号線の横に降りて左に少し行って地下道をくぐって41号線の西側に出た。

Aa_036Aa_038 自然歩道に戻り、西に進む。

ほぼ平らな山里の間を進み、旧木曽街道の石道標から山道に入る。

このあたりまで自然歩道を歩くハイカーには出会わなかった。

Aa_040 自然歩道の善師野からの合流点(岐阜愛知の県境でもある)まで来ると、ちらほらとハイカーがあらわれるようになった。ここのベンチで休憩した後、継鹿尾山(273.1m三角点)に向かう。

途中の道は尾根道なのだが、階段が段差がいまいち私の足には高すぎAa_043て、おまけに上り下りが意外に急で一汗かいた。

たどりついた継鹿尾山は大勢のハイカーでにぎわっていた。東屋風の展望台からはこれから行く犬山城方面の展望がひろがっていた。

Aa_057 Aa_054 昼食後、先に進む。

寂光院には観光客がおおぜいいた。

階段をくだり、犬山国際ユースホステルの前を通って木曽Aa_061 川のほとりに出る。時折小雨が降ったり晴れたりのめまぐるしい天気が朝から続いていたが、このあたりで少し雨になった。まさか今日は降るまいと雨具を何も持たない私は、ザックカバーを頭の上に広げて、雨をしのぐ。

Aa_064 木曽川沿いの道路を進み、ライン下りの船着場を過ぎ、名鉄の鉄橋をくぐると犬山城が芽の前に見えてくる。

城のお堀を左に廻りこむと正面の大手道を階段で上り、犬山城の前に立つ。15年ほど前に車でお城めぐりの際に立ち寄り、その時に東海自然歩Aa_070 道の看板も見た。その時、いつか自然歩道を歩いてここまで来たいと密かに思ったのだが、やっと来た!

ここは国宝である。

料金を払い登城する。木曽川畔の眺めが美しかった。

帰りは犬山市街を歩き、名鉄電車で可児川駅まで戻った。

今回の参加者はkumagai、 nakamura、 shinji、 ujiharaさん。



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2007年10月30日 (火)

扇沢から、雪の立山へ

2007年10月20日-21日 長野県 富山県 9700歩 2.5万図 立山

2  あろうことか、瀬戸の山サイの後、風邪をひいてしまった。すでにインターネットから室堂の雷鳥荘に予約を入れてある。

前日、熱を測ったら36.8度。平熱35.5度しかない私にとっては高熱の部類にはいる。カミさんはどうあってもいくと言っている。とにかく、風邪薬を飲んで寝 た。

Aa_004 翌朝、まだ熱っぽい。しかし、行く!

昨日は浜松は雨だったが、立山は雪。nakamuaraさんが、雪の中継をテレビでやっているよと、連絡をくれた。アイゼンは必携である。

Aa_012扇沢には、11時半ころ着いた。

昭和50年以来、32年ぶりの立山。その時は東一ノ越から立山に登り、翌日剣岳を往復して剣沢雪渓を下り、最後の日に黒部川に下り、ダムに出た。

Aa_026 今回はそんなコース設定はもう無理だろうと、室堂に泊まり雄山を往復しようという計画であった。

トロリーバスでダムに着く。カミさんは初めてなので展望台から行こうという。

Aa_015 観光放水はちょっと前に終わったようだ。外に出ると寒い。

堰堤を歩いて渡り、ケーブルカー、ロープウェーと次第に高度を上げる。

対岸の後立山連峰も稜線近くは白くなっている。

Aa_030

Aa_119 最後にもうひとつ、トロリーバスに乗ると室堂に着く。階段を上がって地上に」出るとあらー。

そこは、白い世界だった。霧で見通しも悪い。

Aa_038 人に踏みつけられて固く凍りついた路面は滑りやすく、すぐ軽アイゼンをつける。これでは散策する気にもならず、とにかく予約した雷鳥荘に行く。

日本最高所の温泉、みくりが池温泉の前を通るのだが風邪をひいているので入りたかったのだが、自重する。

Aa_044

霧の合間から雷鳥荘が見えた。

とりあえず、チェックイン。ふとんは自分でひいてくださいという案内がある。やはりここは山小屋?夜は風が強く、雪になっていた。部屋には暖房器具がなくこんなんで寝られるのかと思ったら、床暖房で下からほかほかと暖かい。
翌朝、朝食が終わる頃晴れてきた!

Aa_063 とりあえず一ノ越まで行こうと出発。道に積もった雪を従業員の方がスコップで取り除いていた。ご苦労さまです。

室堂は無風状態で、歩いていると汗ばむほどだった。

Aa_078 しかし、行く手の一ノ越方面は雪煙があがっている。

Aa_075峠までの半分をすぎたあたりから風がでてきた。

ナナカマドに樹氷がついてきれいだ。

一ノ越は風がびゅーびゅーと吹き抜けている。トイレの陰のやや風が弱いAa_092 ところで景色を眺める。

槍、穂高、笠ケ岳等が見える。

一ノ越山荘はほとんど閉めるまぎわ。今日までの営業だという。カップコーヒーを飲む。200円。従業員の方も明日山を降りるそうだ。

Aa_114 3003メートルの雄山はあきらめて下山する。

10分も下るともう風はない。室堂周辺は観光客が多くなっていた。

しばらくまわりの景色を楽しんだ後、室堂をあとにした。

おもしろ地名-2

上原・・・(わっぱら) 大町市

3 扇沢から下ってきて、わっぱら家というそばの看板を見て寄ってみた。ひらがなだったのでまだ上原と書くと気付いていなかった。そば屋を出てすぐに上原の湯(わっぱら)という建物があり、あっ、わっぱらと読むんだとわかった。

そば屋さんもおいしかった。奥さんがそばを打つそうで、鹿島集落のそば名人から教わったそうだ。地名だが、うわっぱらと読んでいたのが、(う)が次第に省略されたのかな?

--突然ですが、訪ねた場所で面白い読み方の地名を紹介することにした。--

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2007年10月 7日 (日)

雨の・・上高地から徳本峠

2007年9月29日-30日(土、日) 曇り 雨 22000歩 17000歩 2.5万図 焼岳 上高地 穂高岳

1 kumaさんの長年の懸案であった徳本峠に行ってきた。

9/29 薮原から境峠、奈川経由で沢渡に着いた。少し寒い。車で上高地に向かう途中では、雨が降っていたのだが、ちょうど着くころに雨はやんでいた。

Aa_001 沢渡に第二駐車場に停める。一日500円。荷物を降ろして準備しているとタクシーの運転手が誘いに来た。乗りますよと答える。今回はkumaさん、nakamuraさん、 ujiharaさんの四人。上高地まではバスで1000円だが、タクシーも4人で乗れば4000円で同じになる。

Aa_003 上高地は実に30年ぶりであった。有名な大正池からの眺めも実は見たことがなかった。それならばと今回は大正池から歩くことにした。

少し行くと、焼岳が見えてきた。

Aa_008 以前に比べると池が埋まってきて水面が狭くなり、立ち枯れの木も少なくなっているという。とはいっても初めて見るのだから。

梓川に沿いながら上流へと歩く。上高地温泉ホテルの横を通り、ウェストンのレリーフを見て、河童橋を渡った。

Aa_011

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Aa_026 明神へは、1時半ころ意外と早く着いた。

今夜の宿、明神館に荷物を預けて明神池あたりを散策に出かける。

Aa_030 Aa_036

明神池は奥穂高神社の境内にある。入り口で300円を払い中を散策する。

庭園のような廻りの景色。

明神館にもどるがまだ時間的に早い。

それならと、徳沢まで歩いてみる。往復約2時間。

Aa_043 Aa_047

梓川の横の木立の中を気持ちよく歩き、氷壁の宿徳沢園を見てきた。

宿に入り、夕食後早めに就寝する。夕食時、宿の主人が明神の歴史由来等の話をしてくれた。我々は、徳本峠にAa_052 いちば ん近いところということでここを宿に選んだのだが、考えてみれば徳本峠越えでしか上高地に入れなかった頃は、ここ明神は上高地の玄関であったのだ。


9/30

Aa_054

早朝3時ころから雨が降りだした。ここはkumaさん次第であるのだが、相談して峠までの往復に変更した。実は、昨日ほぼ一年ぶりに通行止めが暫定解除になったばかり。島々側の吊り橋が危険になっていたり、崩壊箇所があって通れなかったのだ。ここは無理することはないからと。

Aa_058宿に荷物を預け、行動食と水だけを持って出発。途中、8人のグループと前後しながら登る。道はしっかりしている。

荷物も少なかったからか、2時間ほどで峠に着いた。

Aa_059Aa_064 雨はあいかわらず降っていて、見晴らしはない。

峠小屋は予想どおり小さい。しばらく休憩した後下る。

Aa_065_22_2 上りでは気付かなかったが、意外に急だった。

宿に預けた荷物を受け取り、バスセンターへと歩く。

この雨の中、上ってくる人とすれ違う。帰りもタクシーで沢渡にもどる。

Aa_068羽田町の温泉”せせらぎの湯”で汗を流し、帰路に着いた。

上高地の紅葉はまだ少し先のようだった。

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2007年9月 9日 (日)

山中湖南の三県境、三国山

2007年9月2日(日) 曇り 静岡・山梨・神奈川県 34100歩 2.5万図 駿河小山 御正体山

山中湖南側にある尾根を歩き、三国山に行ってきた。

2 篭坂峠で車を降りると寒いくらい。

つい先週まで30度以上の猛暑日が続いていた。9月になり、前線が南下して急に涼しくなった。峠に車を停め歩きだす。

Aacimg0004 最初、舗装路が右手逆方向にあがっている。その先には墓地公園があった。舗装路はここまで。

Aacimg0008 墓地公園を過ぎるとハイキング道になり、富士山のような火山礫の道を進む。

自転車のタイヤ跡もあり、快適なシングルトラックかもしれない。ただし、コースは逆のほうがいいかもしれない。

広葉樹が両側からおおいかぶさって時折頭をさげる。気をつけないと木の枝に頭をぶつけそうだ。霧が樹木の先にただよい、視界はあまりよくない。地面も湿っている。

ゆるやかに上っていく道は歩きやすい。

あざみ平に出た。

Aacimg0013 Aacimg0014 Aacimg0015 Aacimg0017 ナデシコ、ナンバンギセル、ホトトギスの花が見られる。

アザミはちょっと時期が遅いようだ。もう実になっている。

Aacimg0018Aacimg0026 大洞山もなんなく通過。

右手下のほうからはモーター音が聞こえる。そういえばこの下には今年のF1日本グランプリが行われる、富士スピードウェイがある。

左手下からはモーターボートのような音も聞こえる。しかし、たぶん見晴らしがよさそうなところに行っても霧で何もみえない。

Aacimg0031 三国山手前のづな峠はいい雰囲気の峠。

武田信玄が深沢城を攻める時にここを越えたとか・・。

たいした上りもなく、三国山に着いた。静かな山頂には熟年のご夫婦がベ

Aacimg0037

ンチで食事中だった。

我々ももうひとつのベンチで昼食にする。

3下る前にご夫婦とお話をした。相模原の方で明神山に行ってきたとのこと。三国峠をはさんで三国山と反対側の山で、デジカメ写真を見せ合っAacimg0041てナンバンギセルを確認した。明神山で珍しい花を見たとのことで、我々があざみ平で見たのといっしょの花だった。

三国峠を突っ切って明神山へと登る。ススキの中に二本くらいの道が平行してある。

Aacimg0044 Aacimg0043 Aacimg0045 ツリフネソウ、ナンバンギセルの花を見る。

明神山頂も霧で見えない。


Aacimg0048 さらに尾根を北上して切通峠に着いた。ここは、北からきた東海自然歩道と合流して平野へ下る。

平野はスポーツ合宿が盛んなようだ。道路脇にはテニス、ラグビー、サッカーなどのグランド、スポーツ施設が多い。

Aacimg0060 Aacimg0062 2000年に平野から東海自然歩道をたどり、石割山、忍野と歩いた。今回でそこにルートがつながった。

平野からバスで車に戻るつもりだったが、いい時間のバスがなく湖の南の道路をひたすら歩く。山中湖交流プラザAacimg0068では、ライブが真っ最中。山の上 からも聞こえていた大音響がずっと鳴り響く。

旭ケ丘で御殿場方面のバス時刻を見たら、これまたいいのがない。また歩く。篭坂峠まで約1.7キロ。上りである。車の多い139号線を歩く。

Aacimg0072 ロードの自転車も数多くみかけた。

少し行くとバスが追い抜いていく。おいおい、あれは何。約25分遅れで三島行のバスが通過したのだった。このあたりは河口湖などの観光地を通る路線ゆえ遅れはあたりまえのことか。

Aacimg0073 出発してから約6時間。スタート地点にもどってきた。

今日、同行してくださったののは、shinjiさん、 ujiharaさん。

 

1、南アルプスを北岳から塩見岳方面に縦走する途中にある、三峰岳の静岡、山梨、長野の県境。

2、天竜川の中にある飯田線、小和田駅周辺の三県境。

3、そして、今日の三国山。静岡県の三県境はこれで終了した。

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2007年8月24日 (金)

タコウズ川沿いを、津具へ

2007年8月19日(日) 晴れ 愛知県 23000歩 2.5万図 田口 根羽

1 夏休み最後の日、設楽大橋から川沿いの木陰の道を歩いてきた。8月16日には、多治見で40.9度という最高温度を記録したという。涼しいところでなくちゃ。

257号線の道路わきに車を停め、歩きだす。

設楽大橋を渡り、延坂の集落を過ぎ橋手前を左に曲がる。

Aa_003 Aa_007

下の境川の河原ではバーベキューをしている。

林道を進むと左手に延坂の入り口があった。沢の左手を少し入ったところに薬師如来堂があり、その横から苔むしたコンクリート道が始まっている。
Aa_008 Aa_011
昨日、kumaさん宅でのバーベキューの帰り道、急遽今日の山歩きを決定した。

家に帰って津具から田口までの帰りのバスを調べてみると、Aa_012 Aa_014 12時43分の後は17時台になってしまう。なんとか12時43分のバスに乗らなくてはいかん。
そんなわけで、延坂は今回はあきらめ先を急ぐ。
林道は見込みどおり涼しいのだが、しかし単調である。そんな中で脇にはタマアジサイが咲いていた。

Aa_024 Aa_026 やがて道はダートになった。
大きな石が道脇まで転がり落ちていた。ちょっとオフロード車でも大変そうな。

Aa_027 Aa_028 右手の川はタコウズ川になった。林道もここで二手に分かれる。
この不思議な名前の川の由来は何だろう。また調べてみよう。

3滝瀬の少し北のあたりが設楽ダムに沈む最上流のようだ。

大野山から下りてくる点線道らしきところもあったが、今回はパス。
ゆるやかながら少しずつ高度を上げて、碁盤石山手前の尾根が見えてくる。

Aa_030 Aa_032 そろそろ二つめの送電線が見えるころ、

ん、ん、ん‥。

行く手に見えてきたコンクリートの壁は何だ?
Aa_035 こんな沢の上のほうでダムではあるまいし。

近づいてみると、左手上にトンネルが見える。右に回りこんで上がってみると、なんと二車線の立派な道路ができている。

Aa_039 Aa_038 トンネルもほぼ完成しているようだが、先は曲がっていて出口が見えない。笹暮トンネルと書いてある。トンネルの先はちょっと時間的にムリだ。

右に行けば、どうやら津具に出そうな感じがする。
Aa_036
納庫地区ということは大野山の北側にある道が伸びてきているのかもしれない。しかし、まだ時間が微妙。

この道路を右に進む。反対側から郵便局の宅配軽ワンボックスが走ってきた。えっ、この先のトンネルは行き止まりだけど‥。しかし、ちゃんと知っていたようだ。私たちが昇ってきた道を降りていった。
Aa_037_2
左手に古町高山が見えている。

この山の右手をまくように道路はつくられているようだ。
青線部分が新道。送電線をくぐって少し行くと旧道が右に分かれている。こちらのほうが少しでも早いかとこちらに進む。
Aa_051 結局、古町川の少し手前で旧道は新道に出る。
振り返ると古町高山が見える。

古町川沿いの道に出て、15分くらいで津具に出た。

Aa_060 バス停は上津具であった。10分前。間に合った。

心なしか津具を渡る風は涼やかな気がした。


今回はnakamuraさんと二人だった。




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2007年8月21日 (火)

霧と強風の月山

2007年8月16日 (木) 曇り 山形県 21500歩 2.5万図 月山

一週間の夏休みがあった。前半はお盆があって、後半にせっかくだから普段行けそうもないところに行こうと考えた。

最初、鳥海山に行きたかったがカミさんがいっしょだったのでちょっと長いからと同じ山形県の月山に行くことにした。

飯田から高速で中央道、長野道、北陸道、日本海東北道と走り、後は下道で山形へ。

Aa_013 柏崎あたりでは、50キロ規制になっていて路面がこころなしか波打っているようだ。

この日(15日)は鶴岡市の松ケ岡史跡を見た。荘内藩が明治維新で藩士が開墾したところである。近くには藤沢周平原作の「蝉しぐれ」のオープンセットAa_027 Aa_026 があり、そこも見に行った。

しかし、300円の見学料をとるというので遠くから眺めるだけで満足した。

Aa_031 その後、羽黒山の杉並木の参道を汗びっしょりになって登り、羽黒山神社にお参りしてきた。


1 Aa_053 Aa_056 国宝になっているという五重塔もある。

下ってから(山伏温泉ゆぽか)まで戻り、汗をながした。

温泉に行く途中、大鳥居に夕日が沈んだ。

Aa_074


翌日(16日)、八合目まで車で上る。

2 駐車場に着くと霧がひどい。以後、山頂まで往復の間ずっと霧の中だった。月山(がっさん)ではなく(ガス山)か?
Aa_078 道はよく整備されている。石を敷き詰めてあったり、湿原には木道があったり。

Aa_090 中宮でお参りした後、さらに登る。

風が強いところもあったのだが、でも上りはまだよかった。

ニッコウキスゲの群生地を過ぎると、花が多くなってきた。
Aa_100  Aa_106
Aa_103_2Aa_111 Aa_112



この月山は信仰の山。山頂は月山神社の境内でお払い料500円を払ってから境内に入れてもらう。山頂なんだが、周りは塀に囲まれている。中央に神殿がある。お参りする。

終わると神官が塀に沿って廻って反対側から出てくださいという。塀の前にはちいさな祠がいくつもならんでいる。出口から出るとお神酒をどうぞと差し出され、これを飲むと御札などを売っている社務所の前を通ってやっと外に出られる。

境内は写真禁止だそうで、入り口で一枚撮っただけだった。

Aa_130 振り返ると一瞬霧が薄くなり、反対側からの登山道の下に小屋が見えた。他の登山者の話では小屋周辺にクロユリが咲いているそうだが、そのまま下山を開始する。

帰りは風がさらに強くなっていた。三箇所の強風地帯がある。

最初の風がなんだか強くなってるような気がした。二番目ではカミさんが歩けなくなって止まってしまった。ちょっと戻って手をつないでよろよろと進む。

Aa_118 最後の強風地帯。またも手をつないでのりきる。しっかり装備した若い女性がうずくまっている。もうひとりの女性がもどってきて助けていた。まだ登り始めなのだが、引き返すという。
もう少し下ると、子どもを含んだ家族連れがこれも登山中止してくだっていた。

風と格闘しているうち、しらない間に私のザックカバーがなくなっていた。いやー、なんともすごい風だった。

月山からくだってまた(山伏温泉ゆぽか)だ汗を流し、帰路に着く。

山形は遠い。往復1400キロであった。


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2007年8月 9日 (木)

ひるがの高原から大日ケ岳

2007年8月5日(日) 晴れ 岐阜県 22300歩 2.5万図 ニノ峰 新淵 大鷲 石徹白

 

4

暑い時期の山はたっぷり日陰があって、そんなに急なところがないのがいい。最初、同じ200名山の位山に行こうとしたが、標高が今ひとつ低いので同じ200名山の大日ケ岳にした。

東海環状道路ができて少し奥美濃が行きやすくなった。高速道路を高鷲ICで下りると、あとはいくらもない。ひるがの高原に約三時間で着いた。

Aa_004 Aa_007 簡易水道水源地に車を停め歩き出す。今朝、雨が降ったようで道が濡れてすべりやすくなっている。

ぶなの林の中をゆるやかに登る。見晴らしはほとんどない。
湿度が高く、めずらしく顔に汗が流れる。

花はあまり咲いていない。アジサイがある。
Aa_009
Aa_014 Aa_015 三角点を過ぎるとじきにいっぷく平。広場のようになっている。すぐ西側には、ビニールシートながらトイレらしきところもある。

稜線は、トチの大木が多い。これだけの太さになるには何年くらいかかるのだろうか?

Aa_018

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山頂手前のピークに着くたどる道が見える。

北西方向に白山が見えるはずなのだが、雲に隠れているあたりだろうか。

Aa_021 Aa_024 ほどなく山頂に着いた。

展望盤がある。大日如来像もある。


Aa_028 Aa_035 ダイナランドスキー場から登ってきた名古屋のご夫婦と話しをした。来週、鹿島槍ケ岳に行くそうだ。

ここの三角点は一等だった。

少し南にバイケイソウとニッコウキスゲがあった。キスゲはちょっと遅いくらいだったが。

Aa_036 昼食後、同じ道を引き返す。

Aa_038 この大日ケ岳は分水嶺の山でもある。登山口のひるがの高原も分水嶺上にある。

下山後、蛭ケ野峠にある分水嶺公園に車で移動。

Aa_050 Aa_049 庭園風につくられている小川が二つに分かれて日本海と太平洋とに流れ出す。(何か、山梨県の三分一湧水に似てるなあ)

この先、西のほうに大日ケ岳に西斜面から長良川が始Aa_052 Aa_061 まっている。車で見にいった。

まだ上のほうに源流があるような感じもするが、観光的にはこの辺が適当なのだろう。

高鷲ICに行く手前の長良川のそばにある(湯の平温泉)に入って汗を流してきた。

今回の参加者はkumaさん、nakamuraさん、sinjiさん、itouさん。お疲れさんでした。

 

 

 

 

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2007年8月 1日 (水)

ニッコウキスゲの霧ケ峰

2007年7月28日(土) 晴れ 長野県 14000歩 2.5万図 霧ケ峰

2 やっと梅雨があけた。とはいっても東海地方までで信越はまだのようだ。

6月16日の田口を歩いて以来、一ヶ月以上山歩きしていなかった。霧ケ峰もレンゲツツジを見逃してもうニッコウキスゲの時期になっていた。やや遅いかなと思いながら、行ってみると‥。

そんなことはなく満開に近い。八島湿原の駐車場は満車で空き待ちの列が伸びAa_025ていた。強清水に車をおき歩き出す。

曇りがちでそんなに暑くはない。最初のうち、ニッコウキスゲはなかなか現れず、気のせいか言われている鹿の食害で芽が食べられてしまっている株が 多いような気がした。Aa_023

それでも車山の肩に向かって登っていくと少しずつ花が増えてきた。

イブキトラノオ、シモツケソウ、ナデシコ等も見られる。Aa_089

Aa_006 Aa_020

肩にあるビーナスラインの駐車場も混んでいる。
Aa_034
このあたりからニッコウキスゲが断然多くなる。当然人も多い。
Aa_098


Aa_060 カミさんが、八島湿原は行かなくてもいいという。実際、ここ霧ケ峰は何度も来ていて、ほとんどのコースは歩いているのだが。

いちばん花が多い強清水への尾根を下ることにする。
北のほうに、八島湿原が見下ろせる。
Aa_123 今日は天気は大丈夫と思っていたのだが、下に降りるにつれて次第に曇ってきた。
ほぼ下に降りきるあたりでヤナギランがちらほら咲きだしていた。

見ごろは八月に入ってからだろう。

早めに下ってよかった。
雨が降りだした。

諏訪湖畔にある「片倉館」の温泉で汗をながして帰ってきた。

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2007年5月 8日 (火)

白馬から佐野坂、青木湖~塩の道を行く~

2007年5月4日(金)晴れ 長野県 20800歩 2.5万図 白馬町 神城

1_5 去年の5月に白馬から千国まで歩いた。今年もまた塩の道を今度は南へ歩いてみた。

白馬駅西の”みみずくの湯”に車をおいて足湯がある薬師堂から歩きはじめた。

Aa_016_7Aa_023_2 昨夜は雨と風が強かったが、今日は朝から晴れた。

白馬三山と五竜岳がよく見える。

Aa_014_7去年は大雪の影響で雪が路傍に積み上げてあったりしたのだが、今年はさすがに麓では雪はない。

南向きに歩いているので右手に白い山が見える。

Aa_051 このへんは、桜が満開になっている。

実は今日は塩の道祭りのコースを逆に歩いている。5/3小谷~栂池、5/4青木湖~白馬、5/4青木湖から大町という日程なのだが、もちろん人ばかり見ながら歩く気はないので、しいて逆コースにしている。

Aa_042_4 飯森神社をすぎて、国道148号を横切ると、ちょうどホテルの前に止まったバスに昔の装束をした参加者がバスに乗りこんでいるのが見えた。これから青木湖のスタート地点まで移動するようだ。

2_6

庚申塔や馬頭観音が数多く見られる。

Aa_034_1  Aa_032_1

道の駅を過ぎて、篠ノ井線の線路脇を進む。


Aa_064_1

 

 

ちょっと塩の道をはずれて田んぼ脇の畦道をたどってみる。

脇を流れている清流は姫川の支流か?

Aa_071 まっすぐに行けば姫川源流に行けそうだが、道はまっすぐにはない。

右に曲がるとこのへんでも石仏がある。

沢渡のあたりである。

3_1 Aa_078_1 塩の道にもどることにする。

148号を横切り、西に行くと小学生のグループがいた。塩の道祭りの先陣が、もうここまで来ているようだ。

東徳寺まで来たら、お坊さんがおおぜいお経をあげている。

Aa_084 Aa_088 Aa_089 このお寺は廃寺なのだが、年に一度真言のお坊さんが集まってお経をあげると、世話役らしい方に伺った。


Aa_093 塩の道は大糸線を渡り、佐野坂スキー場の横を上っていく。

このへんでおおぜいの塩の道祭りのハイカーに出合った。

佐野坂峠までは車がかろうじて通れるほどの道。逆方向から何台かの車が下Aa_098 りてきた。

Aa_097 峠から青木湖畔まで観音像が間隔をおいて建っている。

青木湖は、水面がかなり下がっている。今年の冬は雪が少なかったからだろうか。

青木湖から塩の道祭りハイキングがスタートしたようだ。

Aa_105 明日はここから逆に大町まで歩くイベントがある。ここには白馬村と大町市の両方ののぼりが立っていた。

青木湖畔はランナーと自転車が多い。

4 Aa_110 湖畔を南下して中綱湖まできた。

中綱湖は桜が満開できれいだった。

釣りをしている人が多い。

Aa_125 簗場駅から電車で白馬にもどった。

薬師堂横の足湯につかって帰路につく。

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2007年5月 6日 (日)

松平から大給(おぎゅう)へ

2007年4月29日(日)晴れ 愛知県 28900歩 2.5万図 東大沼 豊田南部
久しぶりに7人という盛況になった。連休前半の一日、豊田市松平町周辺を歩いてきた。
1_4  301号線の松平郷入り口にある駐車場に車をおいた。

松平神社はここからもう少し、車で入ったところにあるのだが今日は行かない。

Aa_133 駐車場のすぐ北側道路を右に入ってすぐに右に上る山道がある。ここが松平城の入り口。

Aa_005_3 上っていく途中に松平自然歩道に看板があった。寅廻りの道と書いてある。

ここから降りたらこの道を行ってみることにする。

山頂は意外に広い。

Aa_007_2

しばらく周囲を散策して降りる。

自然歩道は城址の下を南へ廻りこむようにして、301号線から森下集落へ行く道路へ少し入った民家の裏庭に出た。ここが大手門だったようだ。


Aa_009_2 Aa_014_6 Aa_016_6


301号の道路脇を歩く。根引峠に向かって上っていく。車の通行がかなり多い。

 

峠から少し下った下山との境界あたりから右に入る。滝脇への点線道をたどってみようというのである。今日は歩きなので少しくらいのヤブは強行する構えである。

Aa_020_3 入り口は畑の奥にある林道。最初少し林道を行き、下りだしてから左の谷に入っていく。

道らしきところをたどるのだが、竹で蛇行する。

ここを勘違いしていて沢の左に点線道があると思いこんでいたのだが、地図を現地でよく見直したら沢の右だった。入り口からして間違っていたのだから・・・。

Aa_023_1 みんなが左をすすんでいるのを沢の右側にわたって道を探してみた。二度めにさがしてみた時に、やっと道があった。Aa_024_3 みんなをよんでやっと正規の道に復帰した。
じきに林道に出て、下る。
滝脇の手前の畑にいたおじさん二人に話しを聞いたら、昔は歩いてその先の・・(地名、聞き取れず)によく行ったと行ってたがという。

滝脇の郡界川にあるダム堰堤から下って行けると思ったのだが、堰堤からは下る道がない。入り口が柵があって跨いで入り、おかしいとは思ったのだが・・。

Aa_030_4
戻って道路を滝脇に行く。

川を渡る手前で農作業中の人に聞いたら、日陰城は話は聞いたことがあるが知らない、それより長松院にお墓があるからそっちを見てこいという。
Aa_042_3
お礼を言って橋を渡り、日陰町でおばあさん二人が立ち話しをしていたので、聞いてみた。行ったことはないがそこの畑の脇から上ったところにあるらしい。
豊田市側と岡崎市側では少し、城址の扱いが違う?
豊田市では、下山にしても松平にしてもしっかりした案内板が設置されていてわかりやすい。ここは、ちょっと行く気をなくしてお寺に行くことにした。せっかく説明してくれたのにごめんなさい。

長松院は二つあるお寺記号の北側だった。

滝脇陣屋は今は荒れてしまって何もないと先ほど聞いたので、ここで戻り、郡界川に沿って発電所マークのところを確かめることにする。

今回、地図を眺めていてこの郡界川の南にある水色の線が発電所マークのところまで、川に平行して伸びていた。これはなんだろうと疑問に思い、これを確認したかった。

Aa_043_1これは、道路を歩きだしてすぐに判明。左手に看板があり、下の川の取り入れ口も見えた。

さらに歩くと二畳の滝があった。滝脇という地名からどこかに滝があるんだろうなとは思っていた。

Aa_059_1ここで道路から階段を河原に下り滝を眺めながら、昼食。

昼食後、再び歩きだす。

発電所が見えてきた。
2_5
驚いたことにここは中部電力の現役でいちばん古い発電所だった。

Aa_062
送電線もどこか低くたよりない感じだ。

西のほうで、北からくる送電線の下をくぐって交差していた。

石飛から郡界川から分かれて山中を通って、大給に向かった。

道路わきには何箇所か石仏がまつられていた。
Aa_065_2 Aa_078 Aa_082
大給の集落から左に山道に入るといつのまにかもう城址に入っていた。

Aa_092 Aa_099 これはかなり大きい城址だ。

虎口あたりには石垣もみえる。
本郭まで上ると南西方向に岩津の町が見えた。

Aa_101 休憩した後、北へ城郭の中を歩き道路へ出た。

Aa_106 301号線を横切り、大田から松平へと戻った。

松平郷の入り口のお寺では、”弘法さん”という行事がとりおこなわれていた。お寺の廻りには数多くの石仏がまつられていた。
Aa_129 Aa_126 Aa_131

帰宅後、調べてみたら昭和60年に松平観光自然歩道が整備されたようだ。
子、丑、寅、卯、辰、の五つのコースがあり私たちはそのうち寅、卯、辰の一部を知らずに歩いていた。

もう少し調べていけばよかったのだろうが、知らずに行って現地で初めて知るのもまた楽しい。今回の二畳滝、岩津発電所など驚きは増した。

Aa_122 今回の参加者はujiharaさん、yamadaさん、totigiさん、kumaさん、itouさん、shinjiさん。







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2007年3月20日 (火)

風切山、そしてまた宇利城址

2007年3月17日(土) 晴れ 愛知県 25000歩 2.5万図 三河富岡
Photo_7 3月4日に常寒山に行った時、吉川から小畑へ越える峠まで行って、山吉田へ引き返した。その時、峠から西に伸びている山道がなんとなく気になってもう一度、今度は歩いて行ってみた。

今回は逆に小畑から登った。

中宇利の信号機の交差点南の道路わきに車を停めた。

Aa_005_2

ゴルフ場入り口を過ぎて川の堤防を歩く。川の両側は田んぼと柿の畑。

珍しいと思ったのは柿のハウス栽培。ちょうど、農家と方が出てきたので話をする。ハウスに暖房を入れると平常より二ヶ月くらい早い8月ごろ出荷でいきるとか。しかし、いま燃料費とハウスの周りをおおうビニールが値Aa_007 Aa_008_2 上がりしてお休み中だという。それでもまわりを囲ってあるので少し早く収穫できるそうだ。

小畑集落を過ぎて、池の奥に道標があった。

Aa_012_1左 山吉田 あきは道 と見える。

この道は秋葉街道らしい。

Aa_016_4 ゆるやかに上っていくとじきに峠に着いた。二人の道祖神が迎えてくれた。

この道は林道でボーイスカウト吉川野営場を通り、吉川峠にAa_017つながっている。

峠から左にあがる点線道を登る。最初はまあまあきれいな道だったが、次第にあやしくなってきた。

Aa_019_3それでも道は続いていて尾根をはずさずに行けば行ける。最初の吉川への分岐道は尾根をはずれて歩いていたので、見落としたようだ。次の分岐もはっきりわからず、しかし左から登ってくる道はわかった。

Aa_023 Aa_024_2 そのまま道なりに尾根をすすみ、ひとつたぶん222メートルのピークに登ってから下りになった。この辺はちょっとどこにいるのかわからなかったのだが、下りきって舗装道路に出た。そこに桧峠という石碑があった。

Aa_027 Aa_036_1 そこは小畑と吉川をむすぶ道路だった。右に下って吉川にでる。

大入川の堤防を下って、風切山の東から山頂方向に向かう林道から登りだす。

Aa_038_2 最初、豊川用水を渡り、少し登ると新城市の廃棄物処分場があった。

林道終点から山道になる。沢をつめて行ったのだが、稜線近くなって道がはっきりしなくなる。むりやり急斜面を登りつめてやっと稜線に出た。

Aa_046 Aa_042 この沢にはところどころにショウジョウバカマが咲いていた。

稜線を右にしばらく行くと風切山山頂に達した。

Aa_048 Aa_052_2 山頂にはボーイスカウトの人たちがいた。

南と西は木が伐りはらわれていて見晴らしがいい。nakamuraさんがひさしぶりに展望がいい山だなあと感想をみらす。まったく・・・。

Aa_056_2 昼食の後、南に稜線をたどる。

浅間峠から右に下る予定だったが、まっすぐ稜線を行けそうな道が続いている。そのまま進むことにした。宇利城址北の尾根から右に折れて林道に出た。

Aa_063_1 せっかくだから、まだ行ったことがないitouさんと、城址に寄る。話をするうち、itouさんも宮城谷昌光さんのファンであることがわかった。今度、本を貸すと話がきまる。

城址を下り、田んぼの中の道をすすめば車を停めた中宇利はまもなくAa_065_1 だった。

今回の参加者はnakamuraさん、itouさんとの三人。

 

 

 

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2007年2月20日 (火)

堀谷を歩く(旧浜北市最高点)

2007年2月17日(土) 晴れのち雨 静岡県西部 27000歩 2.5万図 二俣 伊平 

Photo_2 浜北森林公園の北にある堀谷地区を歩いてきた。旧浜北市は高い山がないのだが、以前、観音山へ行った時に地図を眺めていて気付いた。堀谷の北の尾根にある三角点二つの間のピークが350mを少し越えている。これが最高峰ではないかと・・。

大平城址の前の駐車場に車をおき、歩きはじめる。

Aa_001 Aa_004 大平は次郎柿の名産地。

大平小学校の前で右に曲がる。

お寺の手前を左に曲がり、民家の前をほぼ東に向かう。下って沢を渡る。

Aa_011_1 山道に入り右の沢沿いに旧道があった。最初はまずまずの道だったが、次第に沢の上流部になると道がはっきりしない。とにかく沢を詰め、最後は右の尾根に上がると、舗装道路に出た。

Aa_016_1 右に進むとカーブの先は太平洋富士見平。

三角点まで行って引き返す。

Aa_020 ここの馬酔木はもう花が咲いていた。

Aa_019_1

さらに点線の道を進む。下り。途中砂防ダムがあり、その下から道はほとんどない。沢に出て渡ると、舗装路。

Aa_032 右の進み梅田ファームの看板があるところを左に進む。鶏小屋があるところには犬の数が半端じゃない。

吠える声がうるさいほど多くの犬がつながれていた。

Aa_034 堀谷に着いた。同行のujiharaさんはここに終戦の頃、疎開していたという。五歳くらいのことだそうだ。

さて、さらに林道観坊線をすすむ。

Aa_035 少し行くとujiharaさんの本家の跡。

Aa_037

Aa_038 観坊の点線の道は以前岩太郎さんとMTBで来た時、倒木に恐れをなし、引き返した道。今日は歩きなので行けるだろう。が・・・、あれ?倒木がきれいに伐りきざまれている。その奥も道はきれい。

Aa_039 手入れされたようだ。

ずっと、ほぼ水平に近いシングルトラック。

Aa_044 やがて林道に出て右に進む。三角点の尾根にとりつき、最初の三角点に出る。

さらに進むと、にせピークを過ぎてもう少し行くと最高点Aa_050 に着いた。見晴らしはない。

廻りを見ると、文字が消えてしまって木目だけが目立つ看板があった。たぶん、山の名か又は、最高点の表示Aa_052 が書かれていたのだろう。今は忘れられたように淋しく消えてしまったのか・・。

さらに進む。

Aa_053 尾根の左下に鶏舎が見える。踏み跡程度だが、落ち葉の歩きやすい道を進み、もう1つの三角点ピークに着いた。

Aa_056 さらに進むと杉峠。

Aa_058 峠から堀谷方面に下りすぐに左の点線道に入る。

これがなかなかいい山道なのだが、見るとAa_063 林道観音山線というプラペグが打ってある。えっ、ここも林道になるの?

途中、左へ紙板(かみいた)への分岐があった。こちらもAa_065 行ってみたかったが、あまり時間がないので今回はあきらめた。

ちょっと道を間違えて、空き家の敷地内に裏から入りこんでしまった。鍵がかかっていて出るのに苦労した。

Aa_068 ついに雨が降りだした。

堀谷をあとにして、秋葉浜松線の送電線の下にある巡視路を下る。なかなかいい道で、MTBで一度走ってみたいものだ。

Aa_073 灰ノ木に降りて右に曲がると、大平城址はまもなくだった。

今回の参加者はiioさん、ujiharaさん、hayasiさん。

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2007年2月11日 (日)

山吉田から鳳地峠、507.5峰(大村山?)

2007年2月10日(土) 晴れ 愛知県 21000歩 2.5万図 三河富岡 三河大野

Aまたしても、山吉田である。2004年 TAKAさんkumaさんアンドリューと六地蔵から鳳地峠経由で、城山を目指した。城山はとりあえず行くことができたのだが、鳳地峠は何処なのか?その時はわからなかった。

今回、鳳地峠を探すべく歩いてきた。

さて、その結果は?

Aacimg0003_1 まず、六地蔵から歩こうと車を置く場所を探したのだがなかなかいい場所がみつからず。結局山吉田のいつものところに車をおいて歩きはじめる。

Aacimg0004 下吉田公民館の裏にある神社は「大村神社」という。何の気なしにちょっと回り道して前を通った。これがあとで利いてくる。

Aacimg0008 ずっと工事をしている山吉田のはずれにある材木工場の先で橋の工事をしていた。これが第二東名の関連らしい。看板の発注者は・・・。

Aacimg0009_1 六地蔵まで国道沿いを歩くのもつまらないので、すぐ右に曲がって脇道に入る。

Aacimg0016 しばらく登ると軽トラックが、何台も通る。どうやら猪猟をしているようだ。

3台は下っていった。一台はそこに留まり、さらに行くと三台ほど停まっているのだが、人は見えない。どこかで待機に入っているようだ。撃たれちゃいやだからさっさと通り過ぎる。

Aacimg0020 高野の集落入り口を過ぎ、道は下りだした。

神社脇を過ぎて、なおも下ると六地蔵からの道に出た。

Aacimg0024

神社マークのところ、前回はお宮があったような気がしたのだが、何もない。

Aacimg0027_1 次第に峠に近づく。・・・?。

あれっ、おかしいな。沢の右に道が移った。点線道はずっと左のはずなんだが。そうかこの辺はもう点線道がなB くなっている。ずっと対岸を見ていたのだが、道らしきものは見えない。そのうちユーターンするように左に曲がった。

Aacimg0034 ゆるやかに登って行くと右に曲がり、岩を削った切通しを通過。そうか、これが鳳地峠だ。やっと疑問がとけた。

峠付近は地図のように道がつけられていた。しばらくここで座り込んで昼食。

Aacimg0044 さてこの後どうしようか。城山に行った時に下った太田輪まで行ってみようと歩きだす。大沢の集落から右に行く。素朴な半鐘らしき鐘が木に懸けられている。

Aacimg0045 ここからの点線道も林道に変わっている。

507.5m峰の東の分岐まで行って、今回はほとんど林道で終わってしまいそうなので、Aacimg0048 この山に登ってみることにした。

最初の取り付きは道がなかったが、尾根をはずさないように踏み跡を登る。

最初のピークは違った。もう少し先に三角点のピークがあった。

Aacimg0050 展望はない。回りを見ると大村山と書いてある木札がある。大村?山吉田の大村神社との関係は?

疑問に思いながらこの尾根の点線道をたどって西に下Aacimg0055 る。

忠実に尾根をはずさないように下っているうちに右下に家が見えた。ここからそちらに下る。

Aacimg0059 高野の集落の最上部に降りたようだ。

下って行くと朝、上った道に出た。

Aacimg0067 行きの時は気付かなかったが、路傍に石仏があった。

あとは同じ道を山吉田に戻る。

風媒社刊、中根洋治著「忘れられた街道」によると、507.5m峰は大室山と書いてあったが・・。大村神社は最初、大室山に創建され、その後下に移されたそうだ。

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2007年2月 7日 (水)

宇利城址と風越峠

2007年2月3日(日) 晴れ 愛知県 16400歩 2.5万図 三河富岡

2

「風は山河より」第一、ニ巻 新潮社版、宮城谷昌光著

三ケ日から宇利峠を越えて、富岡に出る。八名中学の東の工業団地、オーエスジーの裏に車を停めて歩きだAacimg0003す。

宇利城址は熊谷直実の子孫、重実(しげざね)の時、徳川家康の祖父にあたる松平清康が攻めて落城した。清康がAacimg0006 陣を張った冨賀(ふか)寺を合わせて、周辺を歩くコースを考えた。

まあ、はっきりコースを決めたのは歩き出してからであった。工場の北側の敷地内に変電所があった。最初、この印を発電所かと勘違いしてわざわざ見に行ってきた。

Aacimg0009 送電線記号が道路と重なって見落としていたからである。

152.2m三角点がある尾根を歩いていく。ところどころ道Aacimg0012がはっきりしないところがあったけれどおおむね尾根づたいに、行けば間違いない。 三角点を過ぎ、下ると峠状の道が横切っていた。さらに進み、風越峠南のピークから南に下る。分岐を過ぎたら左手下に寺の屋根が見えAacimg0023た。

道らしき踏み跡を歩いて寺のいちばん奥に降り立った。こんなところからごめんなさい。

Aacimg0027 古い墓の前にはこんな看板も・・。

  Aacimg0025

宇利城の戦いは永禄三年(1530年)だったという。

Aacimg0052 近くの南馬場、北馬場を歩いてみた。田んぼを挟んでの丘稜。北馬場の中を通る草の道は馬が駆けぬけたところなのか?

Aacimg0053_1  農家の人が柿の木の手入れをしていた。樹皮についた虫などを落としてやるのだという。手入れが済んだ木は白くきれいになっていた。

Aacimg0058 いよいよ宇利城址に行く。田んぼを横切り尾根を登ると・・。

途中には討ち死にしたという松平右京亮の墓。

Aacimg0064さらに登ると平らにされた城址に着いた。Aacimg0079

Aacimg0074 軽い昼食の後、さらに北へ。城主が落ちのびていったという尾根を登り、林道に出た。左に下り、林道のゲートを抜けてすぐに右に上がる草が伸びた道がある。

Aacimg0088 ここを登ると風越峠に出る。2004年にTAKAさんと、kumaさんの三人で逆方向からMTBで訪れている。懐かしい。TAKAさんと初めてご一緒した山サイであった。

前回より道が荒れているような気がした。ここは風が鳴っている。風越というだけあって・・。

Aacimg0092 黒田に出て、車にもどる。宇利はよく整備された田んぼが多いように感じた。

今回の参加者は、uiharaさんnakamuraさんshinjiさんyamadaさんと五人。

早めにきりあげて、2時からはkumaさん別宅で昼食会。こちらは、盛況で10人の参加だった。

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2007年1月30日 (火)

山吉田から城山

2007年1月27日(土) 晴れ 愛知県 25000歩 2.5万図 三河富岡 伊平 三河大野 熊

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257号線の静岡県から愛知県に入ったあたり、山吉田から城山(じょうやま)に登ってきた。

これはもう257号沿線シリーズといっていいほどになっTn_cimg0066 てきたなあ。

今、山吉田の町を避ける257バイパス工事をしている黄楊川にかかる橋のそばに車をおき、歩きだす。

Tn_cimg0002

以前、阿寺からMTBで登った時、城山山頂のすぐ北から西に伸びる林道があった。その時はTAKAさん、kumaさんたちと北へ浅間山方面に行ったのだが、以来、ずっと気になっていた。

また、山中から城山の西尾根に上る、じぐざぐ道を一度歩いてみたいと思いつつ、なかなか機会がなかった。

今回、やっと行くことができた。

Tn_cimg0009 小阿寺川に沿った道は水田がきれいに続き、民家は水田の脇の山すそに建てられている。谷間の貴重な平地は水田にゆずり、家は山ぎわにおいやられているように見えた。ところどころにある上まで金網に囲われた畑は、猿にとられないようにするようだ。

Tn_cimg0010 小阿寺から右にあがる道沿いにいろんな飾りやらなにかたくさんの?。そこにいた年配の人にこれはなんですかと尋ねてみた。「あなた、これは何だと思います」いきなり、なり高い枯れた植物を手にして逆に質問された。

Tn_cimg0062 ここからほぼ独演会。しゃべりだしたら止まらない。要約すると、山百合の貴重な群生がいのししに根を掘られてしまったので、おどしのつもりでいろいろ派手にかざったということだった。いのししが増えすぎてしまったようだ。

道わきにはロウバイも咲いていた。

Tn_cimg0013 山中の地図上の点線道、大森山への分岐は赤テープがあった。その前にもう一ヶ所、指導標がある登り口があった。

Tn_cimg0022 舗装道路が終わり、山道にはいる。しぐざぐ道はかなり広い。最上部は倒木が多くヤブ漕ぎになった。タラの木がかなりある。

Tn_cimg0028 ヤブを抜けると平になった。左に巻いていく広い道。

そこを過ぎると尾根道に合流。看板があった。山頂まであと1.1キロの表示。

Tn_cimg0039 すぐ次の1.0キロの表示。ここで左に行くようになっているが、結果的に右でも同じ。帰路、山頂からすぐ前の道を右に降りていくとここに出た。山頂をぐるりと回ってきたことになる。

Tn_cimg0034 山頂には鉄塔が二本建っている。ちょうど7~8人のパーティーが昼食をしているところだった。三角点はその奥の林の中にある。

Tn_cimg0024 昼食後、下山の途につく。南に見えるのは大森山。

大田輪まで尾根の北側を巻いていく道。平行して林道があったり、他の山道が交差したり道は多い。

Tn_cimg0049 ほぼ地図の通りの道なのだが、林道のようになっているところもある。大田輪から山吉田に下りる。墓があるところを過ぎると舗装道路に出た。

Tn_cimg0054 これが意外に滑る。kumaさんと三河湖で転倒した時の路面に似ている。これはMTBでしらずに来たら滑るかもしれない。

Tn_cimg0047 ちょうど81歳になるというおばあさんが、道路に落ちた椿の花を掃いていた。バイクが通ったりして滑ったら危ないからとそれが気になってそうじしているのだと言う。ここも過疎がすすんでいる。今、住んでいるのは三軒だけだと・・・。

意外に早く山吉田に戻ってきた。

今回の参加者は、shinjiさん、nakamuraさん。

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