しばらくは…
山行き、MTB等のリポートがアップできません。
PCの電源が入らなくなってしまい、修理に出しました。
2週間くらいかかるとか。
栂池自然園のリポートも修理が終わってから…。
息子のパソコンを借りてアップしますが、写真、地図がなくてはどうにもなりません。
では。
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山行き、MTB等のリポートがアップできません。
PCの電源が入らなくなってしまい、修理に出しました。
2週間くらいかかるとか。
栂池自然園のリポートも修理が終わってから…。
息子のパソコンを借りてアップしますが、写真、地図がなくてはどうにもなりません。
では。
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2009年6月20日(土) 曇り 岐阜県 三重県 51.7キロ 2.5万図 弥富 津島 駒野 養老
久しぶりに三県境に行った。木曽三川公園の駐車場に車を停めて、MTBで出発。同じ河川敷き駐車場で出発準備中のグループは、あいさつついでに聞いたら、お千代保稲荷まで行くそうだ。ロードだった。
南に進み、宝暦治水碑のところまで進む。東の長良川中にある送電鉄塔のそばが、愛知、岐阜、三重の三県境。眺めて戻る。
今日の同行はkumaさん、 hasegawaさん。
展望タワーがある三川公園はまだ開場していない。左下の堤防に沿った道を進む。
不況の真っ只中、ふと地図を眺めていて見つけた金廻。ここの神社にお参りするのだ。神社は神明神社だった。賽銭箱もない村社らしいが、しっかり手をあわせる。パン、パン・・・。が、金が廻るだけではなく、留まってほしい。
大江川を渡り、北に進む。時折単独のロード乗りの方を見かける。左手に
あった大きな建物は上水ポンプだろうか?このあたりはほぼ海抜0メートルがに近い。
見つけた!-1m。そこに向かう。五町の八幡神社には、看板があった。どうやって防ぐというのだろう?1mの赤線が
地上60センチくらいだろうか。廻りは水田地帯なのだが、稲が植えられているのは半分くらいだろうか。kumaさんがいうには麦が刈り取られた後らしい。
そこを野焼きみたいに焼いている。焼畑農業か?東大江川
の橋を渡ったあたりが-1メートル。草を刈っている男性に尋ねてみた。「○○のあたりが0メートルだから、この辺はマイナスになるんだろうなあ。」○○は聞きとれなかったが。その水田の脇の水路はもっと低い。この水はどこへ行くのか?「揖斐川に流れて行くよ」
この後、海津歴史資料館前のガイド看板を見て高須城址を目指す。看板が東を上に書いてたったので、やや迷走。西小島で通りかかった男性に尋ねてやっとたどりついた。高須の
町並みを抜けて、小学校のあたりが城址だったそうだ。今は何もない。ただ、このあたりの旧家は水対策で高い石垣の上に建っている家が多いそうだ。
揖斐川を渡り、養老鉄道に沿うように旧街道らしい道を北に進む。
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2009年6月6日(土) 雨のち晴れ 愛知県 39000歩 2.5万図 猿投山 瀬戸
平戸橋いこいの広場に車を停めて歩き出す。公園を進むと、マレットゴルフ場があった。何組かの人たちが楽しんでいる。見ているそばで、イーグルをとった人もいる。和気あいあい、楽しそうだ。
右手の矢作川はこのあたり勘八峡といわれる。平戸橋あたりから見る河原には珍しい岩がある。
この道も行き止まりになり、左手の登り窯がある横を抜けて前田公園の入り口に出た。
長い階段を登る。まっすぐだ。途中の坂にはモミジが茂り、秋の紅葉の頃はよさそうだ。
今日は、iwazakiさんのウォーキングデビュー。今までMTBではご一緒したが、歩きは初めて。去年、お父さんと富士山に登りもう少し歩きも鍛えたいと‥。nakamuraさんと三人。
公園はちょっとした山で、途中からは石仏めぐりのコースが枝別れしている。山頂には観音像があった。
前田公園を抜けて、今は廃線となった猿投駅以北の名鉄三河線の御船駅跡に立ち寄ってみた。あわよくば、廃線跡を歩いてみようと思った。しかし、雨があがったばかりで線路あとは草が濡れている。私はちょっと歩いてみたのだが、nakamuraさんたちは線路わきの道路を行く。
この三河線。二度ほど乗ったことがある。いずれも東海自然歩道を歩いた時。広瀬から猿投神社まで歩いた帰り、猿投駅まで歩き猿投~広瀬間に乗車。もう一度は足助から広瀬まで歩いた帰り、広瀬~西中金を乗った。
2003年4月、廃止になる約1年前だった。
廃線跡ウォークはすぐに中止。道路を北に進む。
東海環状道路が見えると、左手の田んぼの中に何か見える。行ってみると「御船城址」だっ
た。御船川に沿って北西に進む。
加納町の稲荷神社で昼食にする。加納町にも秋葉灯篭があった。
猿投温泉に進む。
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2009年5月23日(土) 晴れ 愛知県 豊川市 岡崎市 29.6キロ 2.5万図 御油
山と渓谷6月号に鳥川(とっかわ)ほたるの里が紹介されていた。その地図を見ていてあれっ、ここはどこだろう思った。
音羽蒲郡インターの北の京ケ峰と地図には表記されている。その位置は私が以前行った京ケ峰に思えるのだが、周辺の山の名前がわからない。2.5万
図で照らしあわせてみたら、それも道理だった。2.5万図ではすべて表示されていない山名ばかり。地元、鳥川小学校の児童たちが名付けた山名らしいのだ。私が行った京ケ峰はそこからもう少し西にある。
しかし、京ケ峰と聞いては「京都へ行こう」が進行中の私としてはほってもおかれない。
iwazakiさんと久しぶりにMTBで出かけることにした。iwazakiさんは今年は花粉がひどくてお休みしていた。
旧東海道赤坂宿の(お休み処よらまいかん)の駐車場に車を停めて、そこからスタートする。
名電赤坂駅の横を踏み切りで渡り、その先は田んぼの中の道を北へ向かっていく。正面に見えるのは額堂山らしい。
鳥川と宮崎方面の石の道標があった。左とりかわ右みやざきと見える。鳥川小HPでは、とっかわと読んでいるのだがこのあたり(萩)ではとりかわと読ん
でいたのか?
萩の山陰川の橋の東側に、秋葉灯篭と石仏があった。ここでも秋葉参りがあったのかなあ。ここからだとどういうルートで秋葉山に行くんだろう。
農作業をしていた年配の男性に萩住宅という地名のことを尋ねてみた。単純に町営の住宅があったのだそうだ。親戚が浜松の三方原にあり何度も行ったことがあるという。意外な話にけっこう会話がはずんだ。
そう、これから越える萩坂峠もここ萩から付けられた地名でしょう。
峠の手前ヘアピンカーブのところにダンプカーが頻繁に出入りしている。ここは、第二東名が通るようだ。額道山の下をトンネルで抜け、鳥川に出たあとまたトンネルで京ケ峯の下を通るようだ。
ヘアピンからもう少し上ると、左に額道山登山口の看板を見て萩坂峠に出る。峠には岡崎市の看板と後ろ側、豊川市の看板しかない。
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2009年5月4日(月) 曇り 新潟県 20700歩 2.5万図 糸魚川 小滝 越後大野
6時ころ根知駅まで車で移動。ここから歩きだします。
今日は最終日。もう間違いなく午前中に日本海に着くで
しょう。昨日夕方、根知駅にまもなくのところで地元のおばさんと話をしたのですが、静岡から来たのなら今から見ていきなさいと言われたのが、フォッサマグナ(糸魚川静岡構造線)です。さすがに、昨日は5万歩ちかく歩いたあとだったので気力がなく駅に直行したのですが。
今日は、まずそこから見ていきます。根知川を渡ってすぐに右に入ってい
く遊歩道があります。そこがフォッサマグナパークの入り口。
根知川の北側をゆるやかに登っていきます。しばらく行くと階段の下に断層がありました。フォッサマグナとはドイツ人の地質学者ナウマン博士が命名したそうです。
そのまま遊歩道を通り抜けて、仁王堂に出ます。
飯綱神社あたりが仁王堂というようです。神社に人が集まっていました。話を聞くと今日は春の祭りだそうです。昔は3日くらい期間があったそうで盛大だったとか。仁王堂とは地名で昔、石の仁王がいたという伝説だそうです。
ここで塩の道に復帰。以後、ずっと塩の道を行く。とはいえ最初は広い舗装
道路をゆるやかに上っていく。上り切ったあたりで右に入る指導標があった。
この先、気持ちがいい山道がつづく。ウトウといわれるUの字状に掘れた道があらわれる。
小坂に休憩所があった。集落の中の道路を歩く。道路中央の丸い穴は融雪用の穴か?
十王道を過ぎて右に曲がり大糸線を横切る。ちょうど電車が来た。
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2009年5月3日(日) 晴れ 長野県 新潟県 48700歩 2.5万図 雨飾山 白馬岳 越後大野 雨中
昨夜のうちに、朝食と昼食はコンビニで調達しておいた。
朝6時少し前に出発。まず昨日の予定分、平岩駅まで歩く。
その前に道の駅おたりでトイレに寄る。
道の駅から100メートルくらい進んだ左側に吹雪荘と道の駅の源泉があった。その先の島温泉をすぎると、左に入る塩の道天神道が始まる。
天神道はゆるやかな山道で今回歩いた中ではいちばん気持ちよく歩けた。
山道の脇には、いたるところに花が咲いていた。
また、石仏も数多い。
この先、塩の道は河原に下っていくらしいのだが、我々は148号の旧道を行った。
ドラム缶を改造した古いものから使用説明書が着いた新しいものまで、これをどこで使うのだろう?

蒲原沢(がまはらざわ)は信越国境。橋の名前は国界橋だった。いったん新潟県に入る。
旧国道はこの先で抜け落ちているそうで、通行禁止のバリケードがある。右に下って国道を横切る。その先に蒲原(が
まはら)温泉の建物があった。どうみても営業はしていないようだが、車が停まっている。その先は大規模な工事現場。
温泉の手前に左に登る塩の道があった。上りきって旧148号道路に出る。右に進むとすぐに葛葉(くずは)峠。廃業したらしい民宿の裏にお地蔵さんが
あった。
峠から下っていくと白馬大仏がある白馬温泉に出る。
姫川のほとりに下りて公園のところで大糸線の電車を撮っているらしいカメラマンがいる。ちょうど電車が通る。
ここまででやっと一日目の予定部分を歩き終えた。橋を渡って大網峠へ進むのだ。
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2009年5月2日(土) 晴れ 長野県 19800歩 2.5万図 雨中 雨飾山 白馬岳
冬の中断から久しぶりに目指せ日本海を歩いてきた。今回は三日の予定で最後まで歩くのだ。
1000円につられて高速で行く。しかし途中、岡崎、土岐、中津川、伊那と渋滞で下道のほうが早かったようだ。
2時ころ、南小谷駅について駅に車を停めて歩き出す。
予定した時間より3時間ほど遅れている。

今日は行けるところまで 行こう。今回はujiharaさん、 iioさん、 shinjiさんと四人。
最初、国道148号を少し歩いて小谷村役場のあたりから左手の山に入っていく。短い草がはえている気持ちのいい道だ。
虫尾には阿弥陀堂があった。塩の道祭りの接待らしいテントがつくってあったが、誰もいない。祭りは3日~5日だが‥。小学生くらいの男の子がMTBで
ひとり遊んでいた。
下里瀬(くだりせ)に出る。芝居でもあるのか舞台の準備をしていた。

池原へ抜ける塩の道はフスベといわれる難所。急斜面を横切っていく。ルート横に白い目印のテープが張られている。ちょっとずり落ちそうな危ないとこ
ろもあった。
石坂を抜けて下りに入る。
浦川は、少し左に戻り浦川橋をわたる。
この川の上流にある稗田山が明治44年8月8日の未明に突然大崩落をおこして、下流の来馬等を埋めつくしたという。
今も急流は河原を流れくだっている。
川の横を下っていく。来馬(くるま)温泉の横を通過して橋を渡ると、北小谷の駅。
今日はここまでにした。
一旦電車で南小谷に戻り、車で道の駅小谷で食事と温泉に入る。北小谷駅近くでテント泊。
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2009年4月24日(金) 晴れ 静岡県西部 13000歩 2.5万図 笠井
息子が自分の車の助手席に座ったことがないから、運転してくれというのでついでのことに染地川を歩こうと、モビリオで行くことにした。
一月に馬込川を歩いた時に染地川が東名高速の北で分かれていた。その後、御陣屋川を先にたどってしまい、なかなか行く時がなかった。今日、後になったがやっとた
どってみた。
馬込川にはこいのぼりが川をまたいで泳いでいた。出発が遅かったので小学生の下校時間とかさなった。橋には有玉団地自治会の人たちが立ってこどもたちを見ている。
上流に向かって左手の川岸を行く。川の水はなんとなくうすく色がついているような感じがする。
有玉団地の下あたりは、公園になっていて桜の木が植わっている。
浜松医大下の山すそには神社がある。その神社の手前にお寺の標柱があった。
どんな寺だろうと行ってみた。草が生える土の道だった。右手に小屋らしき建物があるところをすぎると、急に道がなくなり竹におおわれて進めそうもな
い。引き返す。
標柱にまでもどると、橋のところにいた男性に話かけられた。お寺は今はないという。染地川の由来を知っているか尋ねると、この上のほうに染色屋さんがあったという。地元なんだが今あるかどうか最近行ってないからしらないという。
さらに北へ進む。車ではよく通る浜松環状線の南側、川の西にあった!
以前、あの煙突からクリーニング屋さんと思いこんでいた。実は染色屋さんだったのだ。工場に渡る橋も染地橋という。ここを通りすぎたら川の水も心なしかきれい
になったようだ。
環状線から北は今、きらりタウン浜北というらし
い。新しい住宅地を造成中だ。染地台という。
もう少し進むと、川は右にカーブして、中央通りといえばいいのか広い通りを横切る。ここには大きな橋がかかり、その先に雨水の貯留池があった。100年に一度の大雨でも大丈夫らしい。
池の右側の新しい道を進む。途中、神社があった。右手に登る階段には川上源一さんが奉納したという石碑がある。階段をあがると、悪人地蔵菩薩という社があった。内山某という金指の悪人が処刑された後、地蔵菩薩になったのだという。
そこからさらに北へ進む。
右手はもう内野台になっている。姥ケ谷の大原浄水場へと上がっていく道
を横切り、もう少し行くともう川とは言えないかな?
ここで染地川を終了する。
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2009年4月12日(日)晴れ 愛知県 37000歩 2.5万図 豊田南部 豊田北部
301号線沿いにある松平まんじゅうさんの向かい、こども園の裏手に登り口があります。松平自然歩道、辰の径ですがほんとうに行けるのかわかりませんが行くだけ行ってみます。
前回、九久平(くぎゅうだいら)のバス停まで来ました。今日はujihara iio nakamura shinji totigiさんと6人です。
しかし、このルートは山道から林道に出て林道終点まで行ったところから道がわからず、無理しないで引き返しました。
301号の道路沿い歩道を歩きます。下河内から歌石(うたし)方面への道を左にとります。峠を越えて下って行くと、右手の山はイノシシよけの電線がはり
めぐらしてあります。山の斜面はきれいに整備されています。
歌石園地の駐車場に着きました。南側に上ると山の上には桜が満開。そこから東に尾根道をたどると岩があります。
上ってみると岩にはハーケンが打ち込まれており、山頂はさらに東にあるようですが、ここのながめに満足して下ることにします。駐車場に戻り、今度は北に進みます。
梟ケ城址には展望台がありましたが、周囲の桜が意外にじゃまをしてあまり展望がよくありません。北へ下る道はコンクリートの階段が多く、それでも登ってくる人と5~6組、すれちがいました。
王滝の駐車場に出て、右に進みます。巴川を渡って右に進みます。
ゆるやかに道は上っていてカーブしたあたりふと右下を見ると、オーッ、この水路は!
発電所だったのです。何の音もせずに発電所の中に吸い込まれていきます。あまりのさりげなさに、驚きました。白瀬発電所です。(後日、調べ
た)1920年という古い年代に作られたそうです。
路傍には、どういうわけか割れたシャチホコが立っていました。
峠を越えて行くと、右手の田んぼにキジがいました。
下ったところのT字路の正面は幸海小学校でした。
今回のルートを考えている時に酒呑(しゃちのみ)という珍しい地名を見つけました。これはぜひ現地に行ってみたいと、寄り道しました。
田んぼの中に続くのどかな道を歩いていきます。
あのあたりには店屋があるのかなと思いながら進むと、左手に石碑が立っています。
「酒呑ジュリンナ遺跡」?なんだろうな。道路をはさんで反対側のお宅に人影が見えました。ちょっと伺ってみます。
このへんは酒呑(しゃちのみ)といって、ジュリンナはその中の小字(あざ)だという。
何と!ジュリンナも地名なのだ。あまりのことに、その後の「そこの家は苗字もカタカナだよ」という言葉を確かめもせずに‥。酒呑は不思議なところ。
酒呑にはジュリンナがあった!
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2009年4月4日(土) くもり後雨 18000歩
京都に行こうがまだ、途上ですが一足先に京都に行ってきました。京都に行こうが、京都に行くまでの過程を楽しむ歩き。従って京都を歩くのは、番外編になります。結婚した娘が、何度も催促にきて実現した京都。しかし、天気予報は雨です。
でも、ほかの日は都合がつかずこの日にします。
朝6時出発というのに、かみさんはなかなか起きず。娘はあせったのかアパートの駐車場で足がもつれて転んだと右ひざが血まみれ。とりあえず、私が山用にいつも持っている大判の絆創膏を張り、ずれないようにテーピングしてなんとか出発します。
割引となった高速料金、湾岸道、東名阪、新名神と乗り継いで京都東まで1050円。安さ実感です。
インターを出るとすぐ渋滞。次々に車が出てきてなかなか進みません。これでは先が思いやら
れます。やっと山科駅南の大丸地下の駐車場に車を入れました。30分150円なので、行く先々で駐車場待ちをするよりは、ここから地下鉄で移動したほうが、早いでしょう。
600円で一日乗り放題の1dayフリーチケットがあったのでこれを買います。
娘がこだわった今回は宇治の平等院へ。地下鉄、JR奈良線と乗り継いで宇治駅に。宇治で早くも雨がパラパラしてきました。
鳳凰堂の中も見られるのですが、時間を区切って人数も30人くらいずつ。2時間くらい待たないと入れないのであきらめました。外から眺めるだけにしま
した。10円玉に刻印されているのがこの鳳凰堂。片手に10円を持って記念写
真を撮っている人がかなりいます。娘は真っ先にこの写真を撮りました。
意外に急流の宇治川を渡り、宇治神社、世界遺産の宇治上神社を見て再び電車で京都に戻りました。そういえば、宇治駅に戻る途中、東海自然歩道の指導標をみかけました。こんなところを通っているんですね。
三条で降りて、高島屋へと向かいます。雨がけっこう強くなり傘をさして人ごみの中を歩くのは疲れます。それに寒い!

高島屋でお目当てのあじゃり餅を買い、再び雨の中を三条へ戻ります。途中、舞妓さんがタクシーに乗るところを見かけました。
最後に二条城を見ようと行ったのですが、すでに入場は午後4時で一旦終了。6時からライトアップの入場が始まるそうですが、6時からでは‥。
そのへんを歩いて山科へ戻り、京都観光は終了したのでした。
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